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2005/10/30 23:59 - 2005/10/30

名前ばかりのデジタル - 「キレイ」の名の下に魂を失う前に

カテゴリ : コラム タグ :

    日曜コラムです。こんばんは。
     
    みなさんは 「デジタル」 と聞いてどんなイメージを持たれるでしょうか。
    昨今は、街中にこんなメッセージが溢れています。
     
     「デジタルだから、こんなにキレイ」
     
    ・・・えっ? と思った方は、少なからずコンピュータの知識を持たれて
    いる方でしょう。そう、デジタル化の基礎となる「サンプリング」とは、
    「真のリアル」を記録することを諦め、妥協された精度で仕方なく
    「擬似リアル」 を作り出すことに他なりません。デジタルとは、
     
     世界を完璧に表現することを「諦める」ことから
     
    始まるのです。1.4MbpsのCD音質 も、800万画素のデジカメ も、
    世界を有限個に区切る ことから全てが始まります。
    その世界は有限個に区切れるほど粗い世界ではないのに・・・・。
     
    では、「リアルな表現」を捨て、粗いサンプリングの世界に堕ちてまで、
    私たちが「デジタル」から得ようとしたものとは何なのでしょうか?
     
    それは「永遠の命」です。デジタルデータは 「時を超える魔法」 であり、
    その魔法の効果を求めたからこそ、人々は「デジタル」に群がりました。
     
     
     「最初のサンプリングの段階で劣化するのは仕方が無い。でも、それさえ
      クリアすれば、以後は 同じものを何個でも作れる ようになる。
     
      同じものをいくつも作って別々の場所に保存しておけるのであれば、
      媒体の劣化に怯える必要もないし、不意の事故で消失することもない。」
     
     
    これがデジタルが見せる「魔法」です。デジタルによってもたらされる
    利便性の大部分は、全く同一のコピーを簡単に作れることにありました。
     
     
    もしあなたが、上手な絵描きさんの手で自分の似顔絵を描いてもらって、
    それに自らの手で「花模様」を描き加えたいと思ったらどうでしょう。
    ペンを片手にしたあなたは、綺麗に描かれた自分の似顔絵を前にして、
    おそらく緊張で手が震えてしまう でしょう。
     
    だって、もし失敗したら、その絵は 二度と元に戻せない のです。
    アナログの世界では常に、データはメディア(媒体)と心中します。
    目の前の媒体に手を加えたら、それはもう、元のデータではなくなるのです。
     
    一方、デジタルの世界ではどうでしょう。デジカメ写真を前にしたあなたは、
    「花模様」を描き加えるときに、まず写真データの コピーを作る はずです。
    そして1つのコピーに無造作に花模様を描き、失敗したら「まぁいいか」と
    そのコピーを削除するでしょう。そしてまた、新しいコピーを1つ作って、
    再び花模様を描き始めます。
     
    ここには唯一無二という意味の「オリジナル」は存在しません。複製を作って
    2つになったデータは、どちらも同じ価値を持つ「オリジナル」なのです。
    複数のコピーを持っておけば、不意にデータが消失したとしても、
    どれか1つが生き残っていれば「オリジナル」が保てることになります。
     
    また、デジタルはメディア(媒体)に左右されません。CDに記録されても、
    MOでも、DVDでも、フロッピーでも、あなたがデジカメで撮った写真データは、
    どの媒体でも全く同じクオリティで保存されます。媒体は必ず物理的な劣化に
    見舞われますが、媒体は劣化しても、その上のデータだけ別の媒体に移していけば、
    そのデータは消失することがないワケです。
     
    どんな媒体の上でも、どんなに時が経とうとも、何回複製を繰り返しても、
    「0、1、0、1、1、0、1、0、0、1、0、1、0、0、・・・・」
    と同じ順番で呪文を唱えさえすれば、同じ文章、同じ写真、同じ映像が
    目の前に現れる、それがデジタルが魅せる「時を超える魔法」なのです。
     
    ところが、私たちは今、「コピーできないデジタル」 の攻勢を受けています。
    CCCD、コピーワンスなど、様々なキーワードが入れ替わり立ち代り目の前に現れ、
    「コピーできるからこそ」というデジタルの利便性の本質を阻もうとしています。
     
    そしてもう1つ、忘れがちなことがあります。「大容量化」 というキーワードもまた、
    私たちを コピーから遠ざけよう とするために使われる、という事実です。
    そしてその事実の先にあるひと言が、冒頭に飛び出したこの言葉なのです。
     
     「デジタルだから、こんなにキレイ」
     
     
    ■山田祥平のRe:config.sys「第73回:デジタルだから壊れても安心」
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1021/config077.htm
    今なら、CD-Rに焼いてバックアップを作っておくとか、HDDにコピー
    しておくという自衛手段があるが、当時のCD-ROMは、まさに広大な記憶
    空間であり、それをコピーする手だてはなかったし、一般的に使われて
    いたHDDの容量をはるかに超えていた。つまり、プロテクトなどといった
    問題ではなく、現実問題として、コピーすることができなかったのだ。
     (中略)
    となると、唯一のオリジナルとしてのCD-ROMは、それこそ、腫れ物にでも
    触るような扱いをせざるを得なくなる。ドライブに入れっぱなしなんて
    ことはできないだろう。けれども、それでは利便性が著しく落ちてしまう。

     
    ソフトウェアおよびコンテンツ販売に於いて、
     
     「大容量 = コピーしにくい」という図式
     
    は、ずっとコピー防止策として活用されてきました。
    上記にもあるように、CD-ROMの登場時期には、
     
     「フロッピーで出すとすぐコピーされてしまう。でも、大容量データを
      CD-ROMに詰め込めば、そう簡単にコピーはできないだろう。」
     
    という理由から 意味も無くCD-ROM化 されたコンテンツが沢山あったのです。
     
    そして時は経ち、CD-Rが全盛を迎える頃になると、どうなったでしょうか。
    そう、コンテンツは一斉にDVD-ROMに移行し始めました。表向きの理由は当然、
     
    「コンテンツが進化して、DVD-ROMでないと入り切らなく なったから」
     
    ということになっていますが、実際は
     
     「DVD-ROMのほうがデッドコピーされにくいから」
     
    という理由が移行を後押ししていました。
     
    つまり、コピーされたデータが手に余るほど大容量であれば、コピーの
    利便性を事実上ガタ落ちにすることができ、それは万が一コピー防止策が
    適切に機能しなかったときのための保険になり得るというワケです。
     
    Blu-rayやHD DVDには、現在のDVDの7倍ものデータが記録できます。しかし、
    彼らは決して「次世代ディスクには1枚で7本の映画が見られる」とは言いません。
    その代わりとして、利便性ではなく、質が向上するのだ と主張します。
     
     「今までの映像は汚かったデショ?
      今度のヤツはビックリするほどキレイですよ?
      やっぱり誰だって、キレイな映像を見たいデショ?」
     
    その言葉の裏には、コピーされにくい巨大データを標準にしたい
    という真の思惑が隠されていることに、多くの人は気が付いていません。
     
    「もっともっと高画質に」と際限なくビットレートを上げていく業界、そこには、
    事実上コピーの利便性が無効化されるレベルの大容量化を推し進めたい、
    ネットワークやディスクの進化に追いつかれないようにしたい、という
    もう1つの理由があるのです。それを覆い隠す言葉こそが「高画質」の合言葉です。
     
     
    私は最初にこう述べました。デジタルデータは 「時を超える魔法」 であり、
    だからこそその利便性に人々は魅了されたのだ、と。真のリアルを表現することを
    諦めた最大の理由は、コピーという利便性を得たいがためだったのだ、と。
     
    しかし、その利便性は、コンテンツ業界からすると決して歓迎される特性ではありません。
    だからこそ、彼らはこう叫ぶのです。「デジタルだから、こんなにキレイ」。
    デジタルだからこんなに利便性が上がるよ、とは口が裂けても言いません。
    だって、デジタルの利便性とは、コピーが可能であるが故の利便性なのですから。
     
     「デジタルだからキレイでしょ?
      だから、コピーなんて出来なくてもいいでしょ?」
     
    これを私は、「名前ばかりのデジタル」 と呼びました。無劣化コピーできない
    名前ばかりのデジタルに、果たしてどんな価値があるというのでしょうか。
    そんな疑問を今まで持ったことがなかった方はぜひもう一度、デジタルが
    「利便性のために、キレイを捨てた」記録方法であることを思い出してください。
     
    「デジタル」が魂を失う前に、本当の「デジタル」を思い出してください。

    CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
    ブログ「デジモノに埋もれる日々」「アニメレーダー」「コミックダッシュ!」管理人。デジモノ、アニメ、ゲーム等の雑多な情報をツイートします。



    投稿者 CK : 記事URL | コラム | | 2005/10/30 23:59


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    ▼ コメント ▼

    No.1806   投稿者 : 三戻   2005年10月31日 08:08

    「デジタル=きれい」このキャッチの使い方確かにCKさんの言うとおり
    怪しいと思いますが
    デジタルがアナログよりもきれいにサンプリングできるというのは事実
    だと思います。
    解像度、グラデーションもデジタルのほうがきめ細かい時期が来てますし
    ノイズも影響する閾値に大きな差があります。
    まあ、デジタルの「キレイ」は人間の目にはオーバースペックだと
    思いますし・・
    キレイに見れるのと残せるのは別問題ですよねぇ・・・
    ユーザーは残せるものを求めてるのに業界は見せるだけのものを出して
    くる・・・
    著作権は利益を守る権利のような気がするのですが売れなくしてどうする
    んでしょう・・・


    No.1808   投稿者 : 名無し   2005年10月31日 14:46

    DVD1層で入るものをわざわざ2層にして売り出すのもよくある手ですね。


    No.1811   投稿者 : はいねこ   2005年11月 1日 21:43

    数ヶ月前からちょくちょく立ち寄らせてもらっています。
    ようやくデジタルだとキレイと各メーカーが騒ぎ立てるのか
    腑に落ちました。Blue-rayになろうがHD-DVDになろうが
    本当の問題は解決されない気がしてきました・・・。

    トラックバックいたします。


    No.1819   投稿者 : うーん   2005年11月 5日 07:30

    11月4日現在、SONY BMGがVanZantというバンドのCDにRootkitを利用したコピープロテクションの仕組みを忍び込ませた件で米国のサイトは大きく賑わっています。
    http://www.techweb.com/showArticle.jhtml?articleId=173403155
    CKさんが以前から主張されているように、コピー出来る権利を一方的に制約しようとするメーカーの態度は、やはり問題がありますよね。


    No.1913   投稿者 : CK   2005年12月18日 14:42

    ●三戻さん
    あなろぐは最初の瞬間だけはキレイなのですが、
    末端消費者の元に届くときにはアナアナ変換だらけになって届くのですよね~。
    デジタルのほうが「流通」に対して安定しているのは確かです。
     
    結局コンテンツ制作側としては、締め付けても利益が減る、開放しても利益が減る、
    という八方塞がりなのでしょうね。どうしてよいものやら・・・。
     
    ●名無しさん
    何でもかんでも詰め込んでdisk fullにしようとして、アノ手この手を
    使ってきますよねぇ。アレもよくない風潮です。
     
    ●はいねこさん
    Blue-ray も HD-DVD も、コンテンツ制作側から見れば、
    「ダダ漏れになってしまったDVDを総取っ替えするために新しい器が欲しい。
     今度こそコピー防止に失敗するなよ!絶対だぞ!」
    というためだけのモノなのですよね。地上デジタルもそうですが、
    消費者がそれに付き合って踊る義理はなさそうです。
     
    ●うーんさん
    XCP問題は大変な問題を引き起こしていますね。流石にアレはコピー防止の是非云々
    というよりは、たまたま取った手段がドボンだった、というケースに思えますが(;´Д`)
    コンテンツ制作側はコピーされないようにどんどん手間ばかり増える、見る側のユーザは
    どんどん視聴に制限が掛かっていく・・・。お互いの幸せは何処に有るのでしょうね~。


    No.1974   投稿者 : kk75   2006年1月 8日 03:51

    言いたいことは判るが、一方に肩入れしすぎ。
    漫画家の寺沢武一氏が80年代前半にCGを気に入って当時数百万円のコンピュータを買ったのは、自発光デバイス上の絵の美しさに魅かれてとのことです。
    フルCGアニメ会社のピクサーにしても、デジタルならではの利便性にひかれた訳ではなく、フルCGアニメならではの表現を求めてのことでしょう。
    フルCGであれ、特撮がらみの実写作品であり、純粋な写実作品であれ、新しい表現を求めれば手間・暇・機材・才能に大金がかかり、それを賄う一つの手段として、コピープロテクトが使われるのは、必用悪だと思います。


    No.1977   投稿者 : CK   2006年1月 8日 13:51

    ●kk75さん
    おっしゃるとおり、コンテンツ制作サイドを廃業に追い込むような仕組みでは困りますよね。
    私もコピーを完全自由にすることが落としどころだとは考えておりません。
    一方に肩入れしすぎているように見えるのは、あまりにも「著作権保護こそ正義!」という声が強すぎて、
    逆側からの主張をプッシュしないとバランスが悪化してしまうという懸念を持っている為でした。
     
    最も大切なことは、映画や音楽などのコンテンツ娯楽産業には「別の娯楽産業」というライバルが
    常に居るという点です。「プロテクトの不便」は、消費者の「有限の時間」が、他の娯楽に流れて
    いかない程度に、その不便の幅を小さくしていく努力が欠かせませんよね(・ω・)


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