ココロが他人とリンクする - 実況板という「パブリック・ビューイング」

2005/12/04

日曜コラムです。こんばんは。
本日12/4、阪神5レースの競馬で、ちょっとしたハプニング がありました。
 
1番人気のプリティカウガールに騎乗した福永祐一騎手が、
直線で併走していたライバルを残り数十メートルで振り切り、
「勝った!」と確信したのか、手綱を緩めて流し走行になりました。
ところが、その瞬間に大外から池添謙一騎手のテンエイヤシャオーが強襲、
 
 余裕で勝利のハズが、ハナ差で逆転される
 
という大失態を演じてしまったのです。競馬に於ける勝ち負けは、
馬券を買っている大勢のファンの「勝ち負け」とリンクしていますから、
「油断しました、てへっ!」では済まされそうにありません・・・。
 
このシーンを生中継で見ていた私は、
 
 「あっ!」と思ってすぐにホットゾヌを開き、
 
2ちゃんねるの実況板をチェックしました。
 
競馬の実況は必ず「スポーツch」という板でスレが立っています。
そして、そこには当然、私と同じく騎乗ミスを示唆する書き込みが
一斉に書き込まれていました。それをキャプチャしたのが右の図です。
 
この一連の流れで、私の中には、
 
 「あー、そうだよね、やっぱりみんなそう思ったよね」
 
という安心感が広がりました。今自分が考えていたことと
同じコトを思った人が、世界に1人だけではないことを確認する、
大げさに言えばそういうことですが、これは言い換えれば、
 
 ネットを通じた「パブリック・ビューイング」です。
 
「パブリック・ビューイング」は、サッカーなどでよく行われていますので
ご存知の方のほうが多いかと思いますが、試合会場でもない場所で
わざわざみんなで集まって観戦する ことを指します。
小規模なところではパブに設置された大画面テレビでサッカーを観戦しながら
呑み明かしたり、もっと大規模なイベントでは、試合会場とは違うサッカー場を
まるごと借り切ってファンを入場させて、設置された大画面ビジョンを見ながら
応援したりする、アレのことです。
 
なぜ人々は、パブリック・ビューイングにわざわざ足を運ぶのでしょう?
そこに行っても選手のプレーを生で見られるワケではありません。
そこでしか見られない映像があるワケでもなく、自宅のテレビでも同じ内容が
放映されています。それでも人々がパブリック・ビューイングに行くのは、
 
 感動や興奮を「他の人と共有したい」から
 
に他なりません。
 
映画を観に行くときも、1人より2人のほうが楽しいと感じる人が多いのは、
その内容や感想を共有できる存在が確定するから、と考えることができます。
少なくとも自分と同じ思いを体験した人が他に1人は居る、そのことについて
互いに確認し合うことができる、その環境がとても大きな意味を持つのです。
 
 「ココロ」は他人とリンクすることで、
 「シアワセ」を増幅させるのです。
 
それが今、ネットの実況系掲示板で起こっています。
 
 
私は少し前から、この「ネット実況」という現象の影響力について考えることが
多くなりました。2ちゃんねるの実況板を含む「実況系の掲示板」が果たす役割は、
一般的な掲示板やブログなどとは全く異なるのではないかと、そんなことを漠然と
考えているのです。
 
■~大ブロ式~「ブログの記事は「情報」ではない」
http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20050415/p1
>実体は常に変化する固定化されていない事象(同上)
 
で、これを「フロー」「ストック」という概念に絡めて考えると
 
【フロー】 =【流動性】=【実体】
【ストック】=【固定化】=【情報】
 
という事になる。つまりブログの記事はストックされて初めて情報になる、
ストックする事は情報化する事、という事なのである。

 
「フロー」と「ストック」。昨今の情報社会を表現する言葉として、
ブログはフローである、という考え方が強く認識されるようになりました。
すなわち、フローとは確定された状態の情報を表すのではなく、
確定されていない段階の情報を垂れ流すという状態のことです。
 
ブログは確定されていない段階での情報を垂れ流す「フロー」であり、
まとめサイトは多数のフローをつなぎ合わせて場に於ける意味を固定する
「ストック」として機能する、というワケです。上でご紹介した大ブロ式さんでは、
フローのほうをわざと「情報」とは呼ばす、「実体」と呼ぶことで、
それらを区別しようとされています。つまり、
 
 フローとは「生きている人々そのもの」のことです。
 
『 正しい? 間違っている? そんなことは知ったことか!
 ボクは今、こう感じた! こう思った! コレが好きだ! アレが嫌いだ! 』
 
私たちが情報を求めるとき、そこでは常に建前として「正確な情報」を
欲するという考え方が当たり前のように信じられています。
ところが私たちがいくら頭では「正確な情報を知りたい」と思っていても、
深層心理ではそれと全く違うことを考えているとしたら、どうでしょう?
 
すなわち、正しい情報よりも、
 
 「自分とリンクする他人の気持ち」を見つけること
 
のほうが、私たちの情報ニーズに合致しているかもしれないのです。
 
上の大ブロ式さんの言葉を借りれば、固定化して初めて存在と意味を確定する
「情報」ではなく、流動的で存在も意味も確定していない「実体」の状態から、
自らのココロとリンクするものを探し出して、感動であれ、興奮であれ、蔑みであれ、
罵倒であれ、あらゆる感情を誰かと共有することでシアワセの増幅を図ろうとする人々が、
ネットの上に増え続けていることになります。
 
ブログやmixiで、どうしてこれだけ大量の書き込みが延々と続けられているのか、
不思議に思ったことはありませんか? その中で情報的価値を持つものなど、
ほんのひと握りしか無いことは、誰の目にも判ります。それでも書き込みが絶えず
増え続けていることは、実は上記の「ココロのリンク」で説明付けられるのかもしれません。
 
そこでふと、始めに戻ってみてください。
ブログは「フロー」である、ブログは「実体」である、つまりブログは
「生きている人々の気持ちそのものである」というお話がありました。
その観点から言えば、チャットを含む実況系掲示板のそれは、
 
 ブログをも遥かに上回る「究極のフロー」である
 
という言い方ができます。そこにあるのは、むき出しのココロ そのものです。
誰かとリンクできる可能性を求めて、確定していない生の存在をあらわにし、
偶発的に共有された気持ちは、また新たなフローを生み出していきます。
 
2ちゃんねるタイプのスレッドはもともとどれもフロー性の高いものですが、
その中でも実況系の板のスレッドが持つフロー性は、常軌を逸しています。
この 常軌を逸するほどの「究極のフロー性」 は、人々に
「感情の共有」を明確に意識させるパワーを持っているのです。
この 「ココロの直リン」 とも言える現象を引き起こす実況板のポテンシャルは、
もう少し多くの人々に認知されていても良さそうなものです。
 
 
私は最近、テレビを見るときに、同時並行で実況板を見ることが多くなりました。
 
実況板から流れてくるフローは、感情を共有する効果のほかにも、放映内容に
対する補完的な知識が連鎖することで番組観賞をより豊かにする効果もあります。
プロジェクトXのような番組を見ているときには、ウソか真か、番組本体の内容よりも
興味深い話が実況スレのほうで飛び交っていたりすることもしばしばです。
 
ネットの上に、テレビのパブリック・ビューイング が成立する可能性が
あることを、実況板は如実に映し出しています。そこで私たちは正論めいた意見から、
感情むき出しのひと言まで、あらゆるココロが「実体」として未確定状態で浮遊する、
そんな状態の中に身を置く体験をすることができます。
 
自らのココロとリンクするモノを「実体」としてのネット社会から捜し求める、
そんな経験は、そう遠くない将来に誰しもが体験することなのかもしれません。


2005/12/04 [updated : 2005/12/04 23:59]


この記事を書いたのは・・・。
CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
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wacky 2005/12/05
パブリック・ビューイング=みんなで試合会場でもない場所に集まって観戦すること。チャットや実況系掲示板が果たす役割。
fellows 2005/12/05
実況板のシンクロニシティはやばい。一言一句wwwwの数まで一致。とか。
castingvote 2005/12/05
パブリック・ビューイングと実況掲示板の果たす役割についての考察。正しい情報より、「自分とリンクする他人の気持ち」を見つけることの面白さ。
Aoba 2005/12/05
「自分とリンクする他人の気持ち」を見つけることはシアワセである
twainy 2005/12/05
実況板は脊髄反射で定型文を書き込んでるだけなのに妙な一体感のせいでメチャクチャ楽しいからなあ。あれは体験者じゃないとわからんよね。→心理学的な側面から考察できないか
nadzuna 2005/12/05
TV見ててこんな例に遭遇するとすぐ「今実況版では大変なことになってるんだろうな」とか思ってしまう→実況脳?
kaeru-no-tsura 2005/12/05
かつてNHK教育実況板を見ていたこともあったなぁ
rhizome 2005/12/05
俺は深夜アニメ実況にハマってるぜ!
shidho 2005/12/05
実況をアプリ化できないかと思ったこともあったが、2ch実況板でいいじゃんという結論になった。
asakusa_k 2005/12/05
自分も野球を見るときは実況板に行きます。選手や他球団についての話を聞いたりできて、一人での漫然としたテレビ観戦より、よっぽど楽しいです。
okamodeler 2005/12/05
実況が主の人と、おまけな人でまた違うとこはあるが
santaro_y 2005/12/06
ブクマコメントも共感系wリテラシ云々は固定してる情報という前提があってそこがちょっと違うなという。
lockcole 2005/12/10
気持ちを共有できる心地よさ,「ココロの直リン」と呼んでいる。チームスポーツで「気持ちを一つにすることが大切」と言われるし,この概念は注目。古くて新しいネタになるかもしれない。
ken_wood 2005/12/11
>正しい情報よりも「自分とリンクする他人の気持ち」を見つけることのほうが、私たちの情報ニーズに合致しているかもしれない。
smokymonkey 2006/03/05
[system:unfiled]
ragey 2006/05/29
5ヶ月前の記事か.わたしも実況板住人だけど,これほどその心理を的確に表した言説は無い
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