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2006/03/26 23:59 - 2006/03/26

レビューに貴賎なし - 客観的な「善悪」を付けたら止められない

カテゴリ : コラム タグ :

    日曜コラムです、こんばんは。
     
    先週の後半から一気に噴出した議論があります。
    naoyaさんがFF12のAmazonレビューに対して、
     
    「無神経な批判レビューが多すぎ! 第一、ゲームをやってもいない
     発売日前から批判レビュー があるとかって有りえないでしょ!」
     
    と噛み付いたのが始まりでした。
     
    ■naoyaの日記「作品を批判すること」
    http://naoya.g.hatena.ne.jp/naoya/20060323/1143099465
    ■Nao_uの日記「いいモノを作るためには適切な批判が必要」
    http://game.g.hatena.ne.jp/Nao_u/20060324#p2
    ■発熱地帯「「クソゲー」という言葉を受け止められない人間がゲームを作るな、と言いたい」
    http://amanoudume.s41.xrea.com/2006/03/post_181.html
    ■音楽配信メモ「クリエイターは「批評されること」そのものを問題にしているのではない」
    http://xtc.bz/index.php?ID=272
     
    以後、「クリエイターが批判を受け止めるのは当然の責務」、
    「いやいや、謂れのない悪意だけで作られた批判は排除すべき」
    といった議論が平行線をたどっている状況です。それは時折、
     
     「2ちゃんねるとかで悪意ある批判を繰り返すヤツはクズ同然」
     「批判もしちゃいけないほどクリエイターさまって偉いのか?」
     
    などといった感情論を導きがちになり、ますます両者の溝は深まっています。
     
     
    今まで、こうした「悪意ある批判」という批判(?)の的になるのは、
    主に2ちゃんねるの役割でした。
     
     「2ちゃんねるってクズの集まりだから見ないほうがいいよ」
     
    などと平気で言われていた時代があります。いや、今でもそう思っている
    方のほうが多いかもしれません。しかし、多くの方々が感じ始めているように、
    そうしたカルチャは2ちゃんねるだけのものではなくなってきています。曰く、
     
     「○○○の2ちゃんねる化」
     
    といった現象です。
     
     「はてなブックマークの2ちゃんねる化」
     「Amazonレビューの2ちゃんねる化」
     「ブログの2ちゃんねる化」
     「mixiの2ちゃんねる化」
     
    私はこういう呼び方に強烈な違和感を感じていました。
     
     「2ちゃんねる化」とは何か?
     
    彼らの叫ぶ「2ちゃんねる化」とは、すなわち「むき出しの批判」
    「むき出しの悪意」との対峙を迫られる事象のことに他なりません。
     
    たとえば、はてなブックマークで 「しねばいいのに」 というタグが
    付けられたり、晒し上げのようにブクマされて人気エントリに晒されたり。
    Amazonレビューで、明らかにプレイする前から「FF12なんてこんなのFFじゃない」
    という 星1つのレビュー が付いたり、例を挙げればきりがなくなります。
     
    私はこう考えます。これを「2ちゃんねる化」と呼ぶならば、それは、
    「暖かい小半径」から「本当の世界」への脱皮 のことに他なりません。
    現実世界は常に、マクロで見ればバランスを保ちながらも、
    ミクロで見れば目を背けたくなるような悪意の塊で覆われています。
     
    テレビの中では経済評論家が難しい分析をしている一方で、俗に言う
    「居酒屋談義」では 「景気が悪いのは全部コイズミ(首相)のせいだ!」
    という声が無数にあります。そのどちらもが「世界」なのです。
     
    ■2006/01/01 [「世界」は「ワタシ」と違う - ブログが教えてくれる当たり前のコト]
    http://c-kom.homeip.net/review/blog/archives/2006/01/post_245.html
    ブロガー、つまり公開情報を発信し続ける存在である以上、
     
     世界から一方的に「見られ/評価される」こと
     
    から逃れることはできません。どうしてもそこから逃れたいのであれば、
    自らの言葉の影響範囲をコントロールし、不特定多数に言葉が
    届かないように声を小さくしていくしかありません。

    こんなことを言っては拒絶反応を起こす方も多いと思いますが、
    「今までは2ちゃんねるだけが、社会を映し出す鏡だった」
    と、私は思っています。生の声を一定数以上集めていくと、その中には
    必然的に 一定の割合だけ「人間の悪意」が存在する のが当たり前です。
    そしてその「悪意」は一般的に「善意」よりも遥かに目立ちます。
     
    はてなブックマークやAmazonレビューに、その「悪意」が目に付くようになった
    ということは、そのサービスがようやく「悪意を視認できるほどメジャーになった」
    という証です。これを私は悪化ではなく良化の兆しだと見ています。
    これを良化ではなく悪化の兆しであるとするならば、その後には
    大きな危険が待っていると考えなければなりません。
     
     
    漫画「パトレイバー」の中で、大田巡査は言いました。
     「世の中には2種類の人間がいる。『良い人間』と『悪い人間』だ。」
     
    悪い人間はいつかは悪いことをする、だから早く捕まえたほうがいい、と。
     
    一方、漫画「ジパング」の中で、クリューゲ博士は言いました。
     「権力者というものは一人殺せば殺し続けるしかない・・・」
     
    人間を善と悪に分けた瞬間から、悪を全て撃ち殺すまで不安が消えない、と。
     
    2ちゃんねるで「妊娠(任天堂信者) vs GK(Sony社員乙)」の争いなどを見ていると、
    確かに一見、不毛だと感じることはあります。もう理屈はほとんど抜きで、
    敵を卑しめることだけを目的にした書き込みでスレが埋まることもあります。
     
    私はそうした中にもいろいろな新発見を見出すことができて大変面白いと思って
    いるのですが、書き込みを「S/N比」という見方でしか評価されない方にとっては、
    アレはおそらく「見るのがツライ情報」にしか成り得ないのでしょう。
     
    でも、それでもですよ、
     
    あなたがこうした書き込みに対して「不毛だ」「価値が無い」「クズだ」と
    評したところで、それはあなたの感情に照らし合わせた結果でしかありません。
    「誰が見ても悪じゃん!」というものは一見、存在するかのように見えるかも
    しれませんが、それすらも実際には、みんなで多数決でも取ってみない限り判りません。
    ましてや、悪と善の間に「線引き」などというものはできるのでしょうか?
     
    「2ちゃんねるのような悪意ある書き込みを排除したい」そう思う方は
    少なくありません。でも実際には、上で引用した漫画の中のクリューゲ博士が
    言うように、「一人撃ち殺したら、あとは延々と撃ち殺すしかない」 のです。
     
    そのときあなたは言うでしょう。「社会には存在してはならない、悪意ある存在が
    消え去り、これで良い社会になったのだ」、と。でも問題はそこではないのです。
    最も問題なのは、「悪意ある存在を消して、良い社会を作った」という事象と、
    「あなたにとって都合の悪い存在を消し去ることで、あなたにとって都合の良い
    世界が出来上がった」という事象の区別を、
     
     区別をしようとした本人が、区別する術を持たないこと
     
    が問題なのです。それは結局、社会から自分の気に障る対象が無くなるまで、
    延々と撃ち殺すことと大差ない結果を生むことになるでしょう。
     
    先のFF12の問題で言えば、私は 「FF12を購入・プレイした証明書」 のような
    ものを作って、自分が書いたレビューにその証明書を付けることは、とても
    有意義だと思います。読む側が「実際にプレイした人のレビューだけ読みたい」
    と考えたときに、それがフィルタリング材料として働けばなおGoodです。
     
    ですが、「FF12を購入・プレイした人しかレビューを書けないようにする」
    というのであれば、それは バトルロワイヤルの合図 でしかなくなるでしょう。
    住人は気に入らないレビューがあると、こう叫び出すに違いありません。
     
     「おまえそれで本当に購入・プレイしたのかよ!!」
     「ライバル社の社員 が批判のためだけに購入したんじゃねーの?」
     
    一人を疑い始めたら、全員を疑わなくてはならないのです・・・。
     
    最初のほうでリンク参照させて頂きました発熱地帯(amanoudume)さんは、
    「感想に貴賎なし」 と表されました。これはとても重要な考え方です。
     
    唯一、感想に善悪を付ける方法があるとしたら、それは客観ではなく主観で付ける
    方法になるでしょう。すなわち「レビューのレビュー」というメタ情報を作ることになります。
    そうすれば、そのレビューが価値ある情報かどうかも、レビュー結果によって決まる
    世界が実現することになります。システムによる一方的な排除(=サービス運営者基準の排除)
    よりずっと有意義に働くことになるでしょう。Amazonの「このレビューは参考になりましたか?」
    という仕組みもそれを狙っている仕組みです。ただ、有効に働いていないだけなのです。
     
    2ちゃんねるのひろゆきさんは、こう言います。
    「善と悪を見分けられる人はいない。だから全部載せればいい。」
    それが全ての解だとは思いません。でも、そう考えるに至った経緯は、きっと
    上記のようなものでしょう。一人撃ち殺したら、全員撃ち殺すまで止められない・・・。
    では一体、どこからブレーキをかければ良いのか。それはとても難しい問題なのです。

    CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
    ブログ「デジモノに埋もれる日々」「アニメレーダー」「コミックダッシュ!」管理人。デジモノ、アニメ、ゲーム等の雑多な情報をツイートします。



    投稿者 CK : 記事URL | コラム | | 2006/03/26 23:59


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    ▼ コメント ▼

    No.2198   投稿者 : 芸能人占い@ポプラ   2006年3月28日 00:39

    Blog Peopleから入ってたまに記事を見ています。
    リンクに貼り付けさせていただきました。


    No.2200   投稿者 : ひろ   2006年3月28日 09:06

    ありがとうございます。
    2chの悪意ある(と私が感じてしまう)発言の嫌悪克服への第一歩となるご意見でした。


    No.2202   投稿者 : ひろ(is not No.2200)   2006年3月28日 21:07

    内容は問題ない。

    しかし、文が長い。
    もう少しまとめるように努力しなさい。


    No.2224   投稿者 : 社長   2006年3月31日 12:26

    屁理屈お疲れ様。
    「世の中に善も悪も定義できない。なんでもありだ」
    というのがあなたの結論ですか?


    No.2226   投稿者 : ます   2006年4月 3日 02:23

    興味ある主題でしたので、とても面白く拝見させていただきました。
    出来るだけ客観的な物の見方を心掛けるのがあなたの立ち位置なのかなと
    推測しましたが、どうでしょうか?
    もしそうであるならば、それは私の好む価値観なので応援したいところですが(笑

    私がこの記事で最も共感できた部分は

    「区別をしようとした本人が、区別する術を持たないこと」
     
    というくだりでした。真に客観的な批評というものは恐らく無いのでしょう。
    誰であれ立場によって批評内容は変わるものだと私は考えております。


    No.2232   投稿者 : なすび   2006年4月 5日 16:27

     ご高説最もです。特にAmazonやHatenaの2ちゃん化には納得で
    す。私はBLOGを開設し、mixiに登録し、2ちゃんを読み、/.を
    読み、各所のBLOGを巡回しています。つまり、これらで言われて
    いるメディアのほとんどにアクセスし、利用していると言えます。

     そんな中で気になるのが、「○○というコミュニティは2ちゃん
    よりも高尚であるべきだ」という意味のないレッテル貼りが存在
    していることです。ネット上のコミュニケーションはパソコン通
    信時代からやってますが、ネットで重視されるべきはどのコミュ
    ニティに属しているかではなく、どんな発言をしたかによって決
    まると思っています。

     ネットなんてものは、誰でも気軽に情報発信ができるように
    なっている時点で、S/N比が低くなると考えるべきです。しかし、
    これは記事にもあるように現実社会でもおきています。それを排除
    した世界はマスコミによる情報の寡占化の時代ですが、今ではさま
    ざまなソース(場合によっては外電)で比較検証が出来、その前提
    が崩れています。

     そもそも問題のAmazonのレビューシステムですが、発売前から
    レビューが書けるようになっているため、前評判によるレビュー
    をシステム的に許容していると考えて良いと思います。FF12のよ
    うな大作になれば事前情報はわんさか出てくるわけで、それを見
    て従来のファンが拒絶反応のようなレビューを書いても不思議じゃ
    ないですね。


    No.2235   投稿者 : hirokun   2006年4月 6日 23:37

    おもしろかったです。
    でも、「インターネット」って便所の書き込み?
    と最近思ってしまします。


    No.8832   投稿者 : 亜r漏れdこれ   2007年4月15日 03:17

    禿同です

    >>NO2224
    そういう意味じゃないと思うが・・・


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