「大衆は無知であれ!」 - メディアが作り上げる知の格差とマッチ・ポンプ

2006/01/15

日曜コラムです。こんばんは。
 
先週注目を浴びていたメディア論のことについて少しだけ、私の昔の記事
も交えながらお話をいたしましょう。風邪がひどく体調が最悪ですので、
引用だらけの記事になってしまいますが、ご容赦を頂ければ幸いです。
 
1つはこの記事です。
日テレの総帥とも言える氏家さんへのインタビュー記事ですが、
全体の流れは ライブドア、楽天が引き起こした 一連のメディア
買収未遂に関連して、メディアのあり方について語ったものになっています。
 
この記事に出てくる氏家さんのインタビュー内容は、思ったよりもズバッと
核心を付いてきますので、毛嫌いせずに一度読んでおいたほうが良いかも
しれません。氏家さんは今までテレビで流れていたコンテンツが「ネットでも」
流れるということについて、新しい価値を何も生まないと一蹴しています。
 
■ネットとの提携、融合? あり得ないよ?
氏家 齊一郎 日本テレビ放送網取締役会議長
http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/news_commentary/060111_ujiie/
氏家 要するに彼らが言っていることは、ソフトを地上波
とインターネットとどっちでも流せるようにしたいということ
ですね。でも両方流したって視聴率が上がるわけでもない。
 
融合と言っているけれど、要するに融合という言葉はただ、
伝送手段を地上波とインターネットの両方にしようというだけ
の話なんです。本当はソフトをどう扱うかということが大事
なんです。

ライブドアや楽天がメディアの経営権を持ったからといって、
ネットと放送が融合するわけでも何でもない、両者のメディアパワーが
現時点で不均衡である以上、両者が手を組んだとしても、放送の持つ
パワーを ネットが一方的に消費・利用するだけ に終わるだろう、
というのが、一連の事件に対する氏家さんの見解です。
これには私も強く納得するところがあります。
 
その一方で。見過ごせない一節もあります。
氏家 メディアの基本的な能力というのは、たくさんある
 情報の信憑性を検証する能力です。だから、世の中で
 起こったことをそのまま流せば、それでニュースだなんて
 誰も思わないでしょう。
 
■情報がたくさんあれば、それを判断するのは視聴者で
 いいというのが堀江氏の主張ですが。
 
氏家 消費者に判断能力があれば、明治以来、メディアと
 いうのがこういう発達の仕方をしてこないよ。
 信憑性の検証は近代メディアの発達史の根幹ですよ。
 
■信憑性を判断するために、消費者全員が実際に確かめ
 なければいけないというのは確かに大変ですね。
 
氏家 そんなことできっこないよ。それは取材網を持つ
 我々だからできる。だから堀江君の構想のようなものは、
 メディアに対する無知を表しているんじゃないですか。

この氏家さんの主張を言い換えれば、
 
 メディアという事業は、大衆が無知であるからこそ成り立つ
 
ということになります。大衆は何が重要なのかを自分で判断できない、
だから代わりに判断してあげるという商売が成り立つ、その判断能力を
磨き上げてプロフェッショナルとして確立されたのがメディアビジネス
であるというワケです。
 
氏家さんが「堀江君はメディアに対して無知である」と表現しているのは、
これまた言い得て妙です。メディア事業者は、自らを知の集約地として定め、
それ以外を 知の足りない者として定めて格差を保つ ことにより、
そのビジネスの足場を築いてきたのです。
 
メディアはある一定以上に独占・寡占が進むと、その知識の分配そのものが
 
 知の格差を適度に保つためのマッチ・ポンプ
 
として機能するようになります。私たちはマスメディアからほとんどの情報を
得る習慣が付いていますが、彼らマスメディアは私たち大衆に対して、
「知の格差」が急激に縮まらないように配慮した情報提供を行うことが
できるのです。
 
「マスメディアが 『知の配分』 にブレーキ を掛けている?」
 
そんなワケないよ、と思う向きも多いでしょう。
マスメディア同士が情報提供の質を競い合っている現状、情報を出し惜しみ
しているような事業者は劣勢を免れ得ませんから、どのマスメディアも
必死になって情報を提供し続けなければなりません。その意味では、
知は確かに必要十分なほど大衆に与えられているのかもしれません。
 
ですが、私たちは 情報を「受ける」 ことに対しては必要十分な環境を与えられて
きましたが、情報を「判断する」 ことに対しては、そうではありませんでした。
 
そう、私たちは、
 
 情報を自分で判断することは「難しい」と教え込まれてきた
 
のです。誰に? そう、情報格差を作りたがっている人たち、
つまりマスメディアにです。マスメディは上記の通り、知の格差が
あってこそ商売が成り立ちます。その同じマスメディアが、
 
 「君たちは利口にならなくてもイイよ~、情報は難しいからね~、
  難しい判断はぜーんぶ、私たちがやってあげるからね~」
 
というメッセージを大衆にじっくりと植えつけてきました。
もっとハッキリ言えば、情報提供ビジネスとは、
 
 裏を返せば 「情報弱者を作り上げる商売」 である
 
とも言えるのです。
 
 
続いて日経ITProの記事から。
MacWorldでAppleがIntelのViiv戦略を採用するという 大胆予想を立てた記事
があり、2日後には 予想が大ハズレ したことを反省する記事が掲載されました。
 
■Jobs氏は明日「AppleViiv」を発表するだろう
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20060109/226986/
今回の記者の眼は,記者の予想が事実になったという仮定のもと,
AppleがIntelとViivを支持した理由を分析するという非常に荒唐無稽
なものだ。その点をご了解の上で,読み進めていただければ幸いである。

■Jobs氏の講演終了とともに膝から崩れ落ちる
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20060111/227057/
 
この日経ITProの記事は、読者から受け付けるコメント欄があり、
そこは無料ユーザ登録をしていないと読み書きができません。
そこに寄せられたコメントの半分以上が、
 
 「日経の名を背負っていながら 『単なる空想記事』を書き散らす
  なんて酷すぎる。これでまたメディアの信憑性に傷がついた」
 
といった批判でありました。上に引用した部分をご覧頂ければ判りますが、
この記事を書いた記者は、これ以上無いくらいに、これが「あくまでイチ記者の予想」
であって、それを強調する意味で 『非常に荒唐無稽』 な記事であるとの
断り書きをしています。そして予想が外れるやいなや、自らの読みハズレっぷりを
記事ネタにすることで間違いを正して見せました。
 
それでも、多くの読者は前述のようなコメントを寄せたのです。
 
 「マスメディアは何があっても嘘書くんじゃねーよ」
 
その反応について、R30さんはこう表現されています。
 
■MS+AMD vs Intel+Apple という構図
http://shinta.tea-nifty.com/nikki/2006/01/msamd_vs_intela_fdf9.html
あの記事に対して「責任ある媒体の記者たるものは根拠を
持って予測をすべきだ、こんな与太記事飛ばしてる奴は首にしろ」
とか批判してる人というのは、そもそもこれだけの企業戦略分析を
積み上げたうえで立てられた憶測というのが、ジョブズの基調講演
やAppleの製品リリースをそのまま「事実」として報道するより
100倍も知恵と勇気が必要で、かつ学ぶところ(つまり読者に
とっての価値)も大きいということを理解しない、
「Web1.0」的な人なんだと思う。

私はこれを 「作られた情報弱者」 の姿だと考えました。
先ほどの氏家さんの記事と合わせて読んでみてください。
 
情報を全て鵜呑みにした挙句、それが間違っていたら全ての責任を
情報提供元に押し付けるという行為は、自ら考えることを放棄している
ということと何ら変わりありません。
 
まして、あれほど「あくまで予想だからね」と強調した記事に対しても
「嘘つき」よばわりするコメントが少なからず登場するということは、
よほど「マスメディアの看板」のみを以って信頼に足るとしてしまう
思考停止の文化 が常態化しているのだと考えることができます。
 
■2004/11/27 [「広告でもあり知識でもある情報」との付き合い方(後編)
「広告でもあり知識でもある情報」との付き合い方(後編)]
「情報を信じる」ということは、「判断の是非を
他者に委ねる」ということであり、それは同時に
他者の意図に誘導され得るリスク も包含しています。

情報というものは、「自分で考える」という努力を怠ったとき、怠ったぶんだけ
他者に誘導され得るリスク が発生します。これは今のマスメディアであろうが
今後登場する新しい勢力のメディアであろうが、全く同じです。
 
 「今まではテレビや新聞の悪どいメディアに踊らされてきたけれど、
  はてなやライブドアが運営するニュースだったら大丈夫だゾ!」
 
なんて考えるのはお門違いです。どんな情報源にせよ、自ら判断せず、
判断をごく一部のメディアに委ねて しまった時点で、
そこから発生する作為的な誘導からは逃れ得ないのです。
 
では、私たちがネットで得られる情報に光明を感じているのは何故でしょう?
 
■2005/03/13 [マスが全てだった時代から、ニッチが普通になる時代へ(後編)
マスが全てだった時代から、ニッチが普通になる時代へ(後編)]
これがOUTコネクションの維持コスト低下に起因する、
マスの相対的競争力の低下の実情なのです。
人々はOUTコネクションを大量に維持できればできるほど、
1つのものに過剰に影響されなくなっていくのです。

それは、情報を得るためのコストが下がったことによって、1つのものに依存しない
「情報ポートフォリオ」 を自ら構築できるようになったからです。
Aという情報源が嘘を言っているかどうかは、隣のBやCの情報源を見ればおおよそ
察しは付きます。政治的な話でも、右、左どちらか片方だけの声を聞くより、
右左その他様々な情報が同時に入ってきたほうが、誘導リスクを抑えることができるでしょう。
 
昔だったら情報を得るコストは非常に高いものでしたから、複数のチャネルを
常に確保してポートフォリオを形成するなどという贅沢は、一般人には
有り得ない選択でした。今はそれがどんどん可能になっているのです。
 
 
では最後に、氏家さんの言葉に戻ってみましょう。
メディアという情報ビジネスにとって、
 
 提供した情報を鵜呑みにしてもらえない世界
 
というのは、「商売のやりづらい世界」 であると言えます。
だからこそ、彼らの口からはこんな言葉が飛び出してきます。
 
「情報の価値を見定めるのはとーっても難しいんだぞー、
 プロじゃなきゃ出来ないんだぞー、自分で判断しようなんて百年早いぞー
 
ネットに生き、常に複数のチャネルからの情報を得て、その価値を自ら判断して、
情報のポートフォリオを管理している私たちネット人から見て、この状況はどう思いますか?
彼らはその言葉とは裏腹に、常にこう思っているに違いありません。
 
「大衆が賢くなるなんて、どうにも商売のやりづらい世界になったもんだ」


2006/01/15 [updated : 2006/01/15 23:59]


この記事を書いたのは・・・。
CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
ブログ「デジモノに埋もれる日々」「アニメレーダー」「コミックダッシュ!」管理人。デジモノ、アニメ、ゲーム等の雑多な情報をツイートします。




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コメントしましょう
wacky 2006/01/16
メディアは大衆が無知であるからこそ成り立つ事業であり、そのために情報格差を一定に保つよう機能している、という話。またその成果をMac WorldについてのIT Pro記事への反応に見る。
IGA-OS 2006/01/16
なんであれサービスや商品を提供する側は内情を見せたくないし、重要な情報は流さないのが本質です。
gabrigabri 2006/01/16
一次情報の判断と二次情報の比較から得られる判断とは違うものだと思うのだが
hasenka 2006/01/16
陰謀論 煽り過ぎ、たき付け、釣られ過ぎ
umeten 2006/01/16
メディアとは、 「情報弱者を作り上げる商売」 である。 ある意味「善良な市民」メソッド的な印象も。
anhelo 2006/01/16
メディアの基本的な能力というのは情報の信憑性を検証する能力、大衆はいちいち全部検証はできない。だからメディアは大衆を適度にコントロール。
tks_period 2006/01/16
マスコミは情報格差とリテラシ格差で稼いでるって話。 「洗脳」は違うと思う。誰しも自分の専門外は無知で情報ソースに「権威」などを求めるもの。
rig 2006/01/16
どんな情報源にせよ、自ら判断せず、判断をごく一部のメディアに委ねて しまった時点で、そこから発生する作為的な誘導からは逃れ得ない
hiro_y 2006/01/16
「メディアという事業は、大衆が無知であるからこそ成り立つ」という従来の価値判断。
mtakeshidpostjp 2006/01/16
実に良記事。記事の存在を覚えておくこと。
nitoyon 2006/01/16
テレビ局と日経ITProに文句を言った読者の関係 と IT企業,自分で判断するネットユーザーの断絶。
Baatarism 2006/01/16
「マスメディアとは情報弱者を作り上げる商売である」ということか。
metaka 2006/01/16
「マスコミは『知の格差』を保つ事で成り立つ商売」との事。最近つくづく思うんですが、「大衆」って、そんなに馬鹿じゃないよね。考えるのは面倒とか、いうのがあるだけの話で・・・
mizunotori 2006/01/16
堀江には判断能力がある、だから「判断は消費者に」という考えになる。一般人に判断能力はない、だから「判断はマスメディアに」という考えになる。たいていのネット人は前者のタイプ。ってことか。
sinngetu 2006/01/16
メディアは「知の格差」を前提として成り立っているので、格差を維持する方向に動く
netarou0815 2006/01/16
以下の一節、同意。「情報提供ビジネスとは、裏を返せば 「情報弱者を作り上げる商売」 である」 争点、有意義な情報とは、メディアが恣意的につくりだした価値ヒエラルキーの中での相対的なもの。忘れてはならない
nicht-sein 2006/01/16
今更だけど、見つけたのでブックマーク。大衆は賢くなれるけど、その努力を放棄するとあっという間に無知無教養な状態に陥る。依存するのは楽なんだよねぇ(苦笑)
Chaborin 2006/01/16
マスコミ不要論の原点を見た。あとはそれを他人にまで強要するか否か。さすがのエントリー。
ajitak 2006/01/16
「作られた情報弱者」「思考停止の文化」いい年して仮定が通じない人けっこういるんだよね……
dodolaby 2006/01/16
情報を得るためのコストが下がったことによって、1つのものに依存しない「情報ポートフォリオ」 を自ら構築できるようになった
setamise 2006/01/16
概ね同意。(若干)マスメディアに対する視線が冷たい気が(情報格差の構築・維持を企む悪の秘密結社ってわけじゃないだろうに)。思考停止に陥っている人たちへの苛立ちが原因だろうか(脱線)
cvyan 2006/01/16
一部の「プロが選別したもの」より、「folksonomyによって抽出されたもの」が見たい自分がいる
mittyu 2006/01/16
大衆だってやり方を知れば生情報を処理できるようになる。教育の一つとして重視していくべきなのでしょう。
koyhoge 2006/01/16
メディアが権力と癒着することからすべての勘違いが始まっていると思う。
ryozo18 2006/01/16
ま、そういうことかと
jt_noSke 2006/01/16
われわれに情報を取捨選択する能力が備わっていればメディアは要らないよ、ということか。でも情報を向こうから持ってきてくれるってのは楽だからなぁ・・・ 楽してちゃいかんなってことで。
hamasta 2006/01/16
非常に素晴らしくまとまりのある指摘。Web2.0な人は必読。
shidho 2006/01/16
物事の両面って奴で、なんでもかんでも判断してちゃ個々のコストがかかって仕方がないって話じゃないかと。アルファブロガーが社長だったりライターばかりだったりするのと同じかと。
kusigahama 2006/01/16
赤青文字の画像は、どうにかならないのかな……
monolith 2006/01/16
情報ポートフォリオか..なるほど,的確な気がする
yoshid6m 2006/01/16
メディア論 
gaogaosan 2006/01/16
あとでよむ
zoffy 2006/01/16
おもしろい。
Hebi 2006/01/16
そしてつぎに覇を唱えるのは膨大な情報ポートフォリオからいち早く傾向をつかみ出す解析技術、か。/イデオロギーを持った機構より純粋に技術だけからなる機構への信仰へ。しかしほんとにそんなもの可能か?とか。
PuHa 2006/01/16
自分で判断できないと洗脳させられてるよという記事です。一定のレベルまでは判断できるのだと思うけど、一定のレベル以上はマスコミだってしないから無関係だね。
todojun 2006/01/16
うんうん。
John_Kawanishi 2006/01/16
自分で考える判断しているつもりで、やはり誰かに踊らされいる事態に陥る危険もありそうなんだけどね
inferno_flame 2006/01/16
これからは、私たちが判断する時代。「そう、私たちは、情報を自分で判断することは「難しい」と教え込まれてきたのです。誰に? そう、マスメディアにです。」
ryu-ten 2006/01/16
情報提供ビジネスとは、「情報弱者を作り上げる商売」 である
hastings 2006/01/16
情報を得るためのコストが下がったことによって、1つのものに依存しない「情報ポートフォリオ」 を自ら構築できるようになった。
biaslook 2006/01/16
氏家発言
yzatkatamayu 2006/01/16
マスメディアのみを情報源にする人と複数の情報源を持つ人の格差ってのは広がっていくんだろうな
leva 2006/01/17
いわゆるマスメディア論
nshash 2006/01/17
いわゆるマスメディア論
ryuzi_kambe 2006/01/17
メモメモ。
kinow 2006/01/17
自分の頭で考えよう。なんでこのニュースが報道されているのかを
lockcole 2006/01/17
メディア論のなかでもかなり濃厚でまとまりのある記事。先日のApple発表の大コケ問題の是非から始まり,メディアが如何に消費者を捉え,また消費者はメディアに従ってきたのかが分かる。これで一層議論が進みそうだ。
castle 2006/01/17
ネットが第2のマスメディアになった時が見物か。
webmugi 2006/01/17
 判断を委ねるということ。
bunchan98 2006/01/17
消費者が賢くなると商売しにく。ここがチャンスかな。
hatayasan 2006/01/17
「「大衆が賢くなるなんて、どうにも商売のやりづらい世界になったもんだ」」
talo 2006/01/17
マスメディアに頼らない時代
tur2k3 2006/01/17
提供した情報を鵜呑みにしてもらえない世界「商売のやりづらい世界」/メディアから情報を自分で判断することは「難しい」と教え込まれてきた
Yuichirou 2006/01/17
メディアリテラシー論。
akkun_choi 2006/01/18
「情報提供ビジネスは情報弱者を作り上げる」
rararapocari 2006/01/29
情報のポートフォリオを管理している私たちネット人
lovelovedog 2006/05/25
「提供した情報を鵜呑みにしてもらえない世界」になっている、マスコミ業界のつらさ。
webmarksjp 2008/07/14
社会
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トウカイテイオーと、#ウマ娘 でまた巡り逢った。テイオーを追ったリアルタイムの記憶。


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▼ コメント ▼

No.2014   投稿者 : おくとぱす   2006年1月16日 14:12

「情報ポートフォリオ」という言葉いいですね。
1つの媒体だけにたよるのではなく、複数の媒体
(口コミや家族間友人間の会話も含む)を
自分なりに組み合わせて、クロスチェックをかけつつ、
情報を精査、整理していく、こういったスタイルが一般的に
なっていくと思います。

そういった社会では、1次情報の発信元への与信管理は
きわめて重要になりますね。


No.2017   投稿者 : qizz   2006年1月17日 11:56

非常にためになる記事でした。

テレビ放送に比べて、インターネット放送のコストが低いことから
今後はどんどん普及するのではないかと単純に考えていましたが、
情報発信に対する信用性というものを考える必要性を感じました。


No.2018   投稿者 : shirou   2006年1月17日 13:49

大変面白く読ませていただきました。
これは戯言ですが、私は「情報市場」が形成されつつあると考えています。

ネットの面白いところは、情報ソースが無限にあり、くだらない情報、判断、意見などは注目されず、
的を得た意見、価値のある情報には同意が集まり注目を浴びる。
間違った意見があれば、誰かに間違いを指摘される。
間違いが指摘されない情報は、くだらない情報。
つまり市場の効率性が働いているんです。神の見えざる手というヤツです。

一般人でも、特に意識しないでも、注目の浴びている情報を見るだけで高価値な情報を得れるわけです。
贅沢この上ない時代になりつつありますw

マスコミは、情報の正確性を徹底するか、ニッチに走るしかないでしょうなw
とりあえず、これまでの朝日新聞のような・・・以下略


No.2019   投稿者 : ろんご   2006年1月17日 18:43

ブログもマッチポンプの役割を果たせるということでメディアの仲間入りですね。

氏家氏の「消費者に判断能力があれば」は消費者の「知性」の問題を言っているのではなく、「判断するためのコスト」の問題を言っていると読むのが適切でしょう。つまり社会的分業の話をしているととるのが自然でしょう。

これをマスコミにバカにされているととるんでしたら、すべての食材を自分で採れなければ農家や畜産家に生きる能力に欠けるとバカにされるとでも考えるんでしょうか。

既存メディアがいいとも思いませんが、ネット上で展開される既存メディアへの攻撃はかなり稚拙です。

既存メディアのいいところはこんな幼稚なマッチポンプの記事は内部で処理されて読まなくて済むということかもしれません。


No.2020   投稿者 : ユーリ   2006年1月17日 23:46

こういう問題に興味のある方は、こっちも読んだ方がいいかもね
http://deztec.jp/design/06/01/17_logic.html


No.2021   投稿者 : 雑感   2006年1月18日 00:01

>一般人でも、特に意識しないでも、注目の浴びている情報を見るだけで高価値な情報>を得れるわけです。
>贅沢この上ない時代になりつつありますw

ネット上の情報にこういう側面があるのは事実ですが、「大勢が誘導されている可能性」を最初から排除してしまっていては、それこそ「思考停止の愚」ですよ


No.2022   投稿者 : zero-52   2006年1月18日 00:31

考えることをやめ、与えられることに慣れ切ってしまった結果が昨年9.11に集約されました。
これだけインターネット網が発達し、求めればいくらでも情報を得られるというのに、
新聞・TVの情報だけを信じて、愚民は・・・

あんまり書くと、変な方向に向かいますのでこれぐらいに。
ま、とにかく情報が溢れてる時代だからこそ、ポートリフォが大事になりますね。

そう遠くない将来、こういう考え方を身につけるための授業、
小学校ぐらいから登場しそうな気がします。


No.2023   投稿者 : みるうだ   2006年1月18日 05:55

オルテガ・イ・ガゼットの『大衆の反逆』を思い出しました


No.2024   投稿者 : 灰色の恋人   2006年1月20日 21:41

ポケモンフラッシュ事件思い出した。
あれも一般が光に関して何も知らないのをいいことに好き勝手叫んだり糞法ポケモンチェックなんか作ったりして(これは関係ない?)
とまあ残して撤収


No.2026   投稿者 : 茶そば   2006年1月21日 05:41

この記事を読んだ後、「小泉劇場」のことが頭に浮かびました。
あれは「小泉劇場」をメディアが報道したのではなく、メディアが「小泉劇場」を演出したのではないかと…
…と、こんな考え方をするのも私がこの記事を読んで情報を鵜呑みにして、「思考停止」に陥っているせいなのか…


No.2030   投稿者 : klain   2006年1月24日 11:49

読んで考えさせて頂きました。
感謝。

要すれば、受け手側の自覚に帰結するのかもしれませんねぇ。
流布される《情報》は、《真実》と同義ではない、と。

その前提に立てば(立てれば?)。
氏家氏(実は回文?)の『メディアの側で取捨選択』というのは。
偏向の余地を増やすだけの無駄なフィルタリングだから。
四の五の言わずに全部寄越せ、というのが正かなぁ、と。
私などは思ったりします(^^)


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