「ウェブ人間論」 - ネットが広げる欲望と共感原理主義

2006/12/17

1ヶ月ぶりに日曜コラムです、こんばんは。
 
■My Life Between Silicon Valley and Japan
[ウェブ人間論] 「ウェブ人間論」公式サイト(新潮社)
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20061122/p1
 
新潮社さまから「ウェブ人間論」を献本頂きました。
関係者さまには深くお礼申し上げます。

ちなみに余談ですが、私は今回の献本の経緯に関しては
まったく以って情報がありません。実は届いた本には
 
 「謹呈」と記された1枚のしおりが
 
挟まっていただけで、それ以外の挨拶文や説明文は
何も添付されていませんでした。(´・ω・`)?
 
それはともかく。。。
 
本題に入る前に、この本のことをキッカケにして、Ejikenさんこと
江島健太郎さん が久しぶりにキレキレな文章をアップされてましたので、
そのご紹介から入りましょう。
 
■グーグルが無敵ではないことはエンジニアだけが知っている
http://blog.japan.cnet.com/kenn/archives/003431.html
世の中にあふれるグーグル評のなかでぼくが 箸にも棒にも
かからない と思っているのが、「ページランクっていう
アルゴリズムが大発明だったからグーグルは成功したんだよ」
って、線形代数さえ学んだことのない連中がいうパターンである。

タイトルと出だしの釣り具合からしてキレキレです(笑)
エンジニアの自覚がある方はぜひ 興奮しながら読んで みてください。
 
おおまかな流れは、まとめるとこんな感じでしょうか。
 
 「Googleが凄いのは判るが、Googleの凄さを 『計算された成功』
  のように言うな。Googleに限らず、ホンダだってSonyだって、
  技術の世界でブレイクスルーを起こすのは、無邪気な天才たちが
  1つのことに没頭した結果起こした偶然の成功の連続に拠るものだ。」
 
事実、彼らが目をつけた「検索」というのは既にライバルの多かった分野で、
PageRankもそれ自体は誰でも知っている普通のアイデアだったということを
Ejikenさんは盛んに強調されています。
 
私もこの考え方には激しく同意します。
彼らは「勝算」があってこの世界に殴り込みを掛けたのでしょうか?
このチャレンジは「会議室」で討論を行い、「企画書」を何枚も書き直して、
既知の知識と経験から裏づけされた 「ビジネスプラン(笑)」 に裏打ちされて
成功を約束された金の卵だったのでしょうか?
 
そんな判断をしていたなら、彼らはどこか途中で普通に諦めていたに違いありません。
そうならなかったのは、彼らがそんなビジネスの経験や知識に耳も貸さず、
ただひたすらに好きなことに没頭していたから に他なりません。
いずれにせよ、ギークの描く未来には当たりもあれば外れもある。
だけど、ギークじゃないスーツが高いところから語る未来には
当たりはひとつもないか、当たってるとすれば退屈なものしかない。
イノベーションとはそういうものだからだ。

「偉人伝」 はいつだって後付けであり、偉人伝をいくつ学んでも、
次の偉人が誰かを言い当てることはできない、私はそう思っています。
 
Ejikenさんは「じゃあエンジニアはどうしたら良いか」にも触れています。
ぜひ続きをじっくりと読んでみてください。
 
私はこの2004年の記事で初めてEjikenさんのキレキレ文章に触れましたが、
以後、このモードになっているEjikenさんのキレ具合は大好きです。
 
上でご紹介したEjikenさんの論は、梅田さんに対する反論という意味合いは
さほど強くなく、むしろGoogleつながりで普段思っていたことをぶち撒けた
という感じです。私としては 「ストーリー・テラー」 としてGoogleに関する
情報を読み解いていく梅田さんの試みというのはとても意義を感じていて、
それはそれで分けて考えるべきでしょう。
 
Ejikenさんのマインドと似たようなことを述べていた私の過去記事も
一応ここに置いておきます。
 
■2006/04/02 [ゴールは道に聞いてくれ! - 試してみれば何かが得られる
ゴールは道に聞いてくれ! - 試してみれば何かが得られる]
■2006/05/28 [「予告」は未来の自分を縛る? モチベーションのコントロールの難しさ
「予告」は未来の自分を縛る? モチベーションのコントロールの難しさ]
 
 
 
長い前置きは終わりです。
本題に入りましょう。「ウェブ人間論」 のおはなしです。
 
話題のベストセラー作家(?)梅田望夫氏(46)と、若干24歳で芥川賞作家となった
平野啓一郎氏(31)という異質の対談形式であるこの「ウェブ人間論」。
ここには私が長らくテーマにしていた、
 
 ネットとコミュニティと社会心理学の種が
 
いっぱい詰まっています。対談という意味で、それほど推敲され煮詰められた
状態の情報にはなっていないのですが、これを煮詰めて考えたらまた出版が
半年は遅れてしまうという意味で、新書として大切な新鮮味 を詰め込んだ
ブログ的な一冊であると言えるでしょう。対談という形式も、各々の考え方が
どうせめぎあっているのかが読めて面白いところです。
 
色々読みどころはあるのですが、
目次からも目を引く部分をピックアップしてみましょう。
 
 ・リンクされた脳
 ・アイデンティティからの逃走
 ・抑圧されたおしゃべりのゆくえ
 ・iPodと狂気
 ・グーグルは「世界政府」か
 ・ダークサイドとの対決
 ・「島宇宙」化していく
 ・テクノロジーが人間に変容を迫る
 ・一九七五年以降に生まれた人たち
 
面白いのは、31歳の平野さんが「ウェブの問題の提起」側にまわっていて、
46歳の梅田さんがそれを「楽観的に回答」していく、という逆転現象が
全編を通じて変わっていないところだったりします。
 
あとがきで梅田さんは、こんな風に述べていました。
 
「自分はこの社会で自分ひとりがサバイバルする術を常に考えているが、
 平野氏は社会全体が良くなるにはどうすれば良いかを常に考えている。」
 
この違いは非常に大きいものです。平野さんはネット初心者ではありません。
mixiも2ちゃんねるも良く知っていて、なおかつ、情報と人間の相互作用が起こす
「変化」にとても敏感になっている、そんな様子が伺えます。だからといって
変化を怖がっているワケではなく、しかし 「流されるままに変化して良いのか?」
という自問自答を続けているように見えます。
 
私はこの点では梅田さんと同じか、あるいはそれ以上にラディカルです。
欲望による変化は、それがたとえ「乱れ」と呼ばれるものであろうとも、
それを 「計画された秩序」などでは止めようがない、と、そう考えています。
 
その根底にある私の考え方が、「共感原理主義」 です。
 
■2005/05/01 [「産業」よりも「文化」- 国内のブログとネットコミュニティ
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■2005/05/08 [情報量に比例するジャンルの細分化と興味の分散
情報量に比例するジャンルの細分化と興味の分散]
■2005/08/28 [共感者を掴まえろ! - 不特定多数に向けたコミュニケーションの威力
共感者を掴まえろ! - 不特定多数に向けたコミュニケーションの威力]
■2005/10/10 [「切り捨てて良いオタク」がいなくなる?! - 一億総オタク化社会
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■2006/01/29 [コミュニケーション様式の変化 - 祭りドリブンとヒットアンドアウェイ
コミュニケーション様式の変化 - 祭りドリブンとヒットアンドアウェイ]
 

 
この絵は私が2005年初頭に描いたものです。
はっきり言いましょう。今までにこの絵を見せて、
 
 引かなかった人はほとんどいません (笑)
 
血縁よりも、生活集団(職場、学校、ご近所)よりも、同じ興味を持つ人々の
リンクがより重視されるようになるという「共感原理主義」の概念が、
100年の単位で見ればとどめようのない流れとして形作られていくと、私は信じています。
 
今の社会からこれを見れば、その未来はグロテスク以外の何者でもないでしょう。
ですが、現在の私たちは過去から見ればグロテスクであることを考えれば、
それは 「十分に有り得るグロテスクさ」 なのだということについては
言及しておかなければなりません。
 
「ウェブ人間論」の後半に、「島宇宙」化 という言葉が何度も出てきます。
これはまさに「共感原理主義」が引き起こすコミュニティの タコツボ化 のことです。
あらゆる存在とリンクが可能になった私たちは、それを取捨選択して、
 
 繋がりたい人とだけしか繋がらない世界
 
を構築していきます。平野さんはそんな社会をリアルに想像して、
警鐘を鳴らしているというように読めました。それに対して梅田さんは
「そんな社会もアリなんじゃないの?」と理解を示す方向で対話を作っていました。
 
ウェブは、人間の情報摂取の有り方に大きな変化を与えました。
「ウェブ人間論」の中にも、1つのテーマとして取り上げられています。
 
 ウェブの存在、新しいテクノロジの存在は、人間を変えるか?
 
私の答えもモチロンYESです。ですが、私はこんな風に考えています。
テクノロジが出現したから変わった、というのはちょっと正確ではありません。
 
人間は常に 「欲望の理想状態」 に向けて変容したがっており、通常は物理限界が
それを許さない状態なのです。そして、テクノロジが進化した瞬間、その 物理限界線
ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ「欲望の理想状態」の側に動くのです。
そして、それに気が付いた人間は、あっという間に、「新しい限界線」いっぱいまで
自分の行動を広げていくことになります。
 
私が唱える「共感原理主義」論は、その欲望の理想状態の果てにあります。
テクノロジが進化するごとに、テクノロジが生まれた理由、テクノロジを生み出した
発明者の意思などとは無関係に、そしてそれが
 
 「社会全体として」望まれるかどうかにすら関わらず、
 
その限界線いっぱいまで、人間は変容しようとするでしょう。
 
「ウェブ人間論」はとても面白い本です。
こんなお話に興味がある方にとっては必見の一冊といえます。
ただ、読むときにはちょっとだけこんなことを考えてみてください。
 
昭和から平成、そして次の世代に向かうまで、私たちの「一般的な生活」は
どんな風に変わっていったのか。核家族化、ケータイ文化、そしてパソコンとネット、
テクノロジの進化に合わせて、人間の欲望がどこまで 「正直」な姿 を見せるのか、
そんな姿を思い浮かべながら読んでみると、なお一層楽しめるでしょう。


2006/12/17 [updated : 2006/12/17 23:59]


この記事を書いたのは・・・。
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▼ はてなブックマークのコメント ▼

Hebi 2006/12/18
『ぼくたちの洗脳社会』の「価値観共有グループ」。社会人になって『ウェブ進化論』読むまでは同感だったけど、自分と異なる人と上手くやる能力なしには何にもできないと思うようになった。逆の人もいるのかな。
hiromark 2006/12/19
いままでの書評で一番おもしろかった。
santaro_y 2006/12/19
「共感原理主義」やっぱ一番急進的
walkinglint 2006/12/19
> 人間は常に 「欲望の理想状態」 に向けて変容したがっており、通常は物理限界がそれを許さない状態なのです。そして、テクノロジが進化した瞬間、その 物理限界線 がちょっとだけ、そう、ちょっとだけ「欲望の
kenjeen 2006/12/20
人間は常に 「欲望の理想状態」 に向けて変容したがっており、通常は物理限界がそれを許さない。しかし、テクノロジが進化した瞬間、その物理限界線がちょっとだけ「欲望の理想状態」の側に動くのです。
makou 2007/03/23
「「社会全体として」望まれるかどうかにすら関わらず、その限界線いっぱいまで、人間は変容しようとするでしょう」
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