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2006/06/11 23:59 - 2006/06/11

「炎上」発生のメカニズム - 責任の発生と納得の獲得


日曜コラムです、こんばんは。
 
少し前のことですが、ジャーナリスト花岡信昭さんのブログにて
 
 炎上騒ぎがありました。
 
コトの起こりは、花岡さんが「モーニング娘。」の「。」表記のおかしさを
指摘して「日本語の乱れ」の原因としたこと、そこに於いて
「歌もへただし、ダンスもひどい」という挑発的な一文を装飾に加えたことから
始まります。コメント欄は一斉に批判で埋め尽くされることとなりました。
 
その後の展開は何とも言えない中途半端な状態に向かいます。
前述の6/3の記事で炎上したあと、6/5の記事ですかさずお詫びの記事が
掲載され、6/3の記事からも「歌もへただし、ダンスもひどい」の箇所が
削除されることになりました。ところが、なんと6/6の日経BP社のコラムに
早くも花岡さんが登場し、この炎上の顛末を自ら解説するという行動に出ます。
 
■花岡信昭ウェブサイト - my weblog : 「モーニング娘。」が日本語を壊した
http://www.hanasan.net/xoops/modules/wordpress/index.php?p=259
考えてみれば、「モーニング娘。」が、いけないのだ。
(中略)
これは日本語の表記を崩すものである。「。」

■花岡信昭ウェブサイト - my weblog : 「モーニング娘。」に関する記述について
http://www.hanasan.net/xoops/modules/wordpress/index.php?p=262
そのさい、「モーニング娘。」について、歌は下手で
ダンスもまずくエンターテインメントの域には達していない、
などと書きましたが、これはまったくよけいなことでした。
このことによって、多くの「モーニング娘。」ファンのこころを傷つけ、
不快感を与える結果になってしまったことをお詫びいたします。

■ブログ再炎上、きっかけはアイドル名と句点 我々の国家はどこに向かっているのか(第11回)
[花岡信昭氏]/SAFETY JAPAN [コラム]/日経BP社
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/y/11/
若いネット世代にとって「モーニング娘。」は「聖域」なのだ
(現にそう書いているコメントもあった)。
彼らの感性と真っ向からぶつかってしまったのである。

 
これを読むと、明示的には書いていないものの、どうしてもこう読めてしまいます。
 
「歌もへただし、ダンスもひどい、というのは別に間違っていない。
 ただ、本当のことを言われて傷ついちゃうファンが沢山いたので炎上した。
 本当のことを言うにしても、これからは気をつけなければならない。」
 
私にはそう読めた、というだけで、ご本人はそういうつもりで書いたのでは
ないのかもしれません。しかし、おそらく多くの人にそう読めてしまったからこそ、
この文章は再び炎上の火種として様々な箇所から参照されることとなりました。
 
花岡さんはもしかするといまだに、炎上した理由をご本人の中で消化できて
いないかもしれません。
 
 
メディア企業の中で言説を研いてきた人は多く居ます。しかし、そういう方々
にとって、聴衆の理解を直接感じとる場というのは、実は多くはありません。
 
一方ブロガーは、いつも聴衆と「直接対峙」するしかありませんでした。
聴衆と直接対峙することで、何を言って良いか、言ってはいけないのかを、
その反応から察知してきたのです。ブロガーにとって、言葉は常に他者に
直接影響を及ぼすものであり、滅多なことを言えばすぐに厳しいツッコミに
晒されることを肌で理解する機会がありました。
 
メディア企業の中で言説を研いてきたジャーナリストの方々はどうでしょう。
長い間「聴衆に向かって文章を書いて来た」という自負があるとは思いますが、
実は不特定多数の聴衆からの反撃と直接対峙した経験が薄いという意味で、
案外と打たれ弱い存在なのではないだろうか、という疑問も浮かびます。
 
「ボクがめった打ちされるはずはない。
 ボクは別に間違ったことを言っているワケではない。
 したがって、攻撃してきた人のほうが、どこかおかしいのである。」
 
花岡さんも、小倉さんも、そして佐々木さんまでも、結局のところ
話の論点はここに帰結してきます。何かが噛み合っていません。何かが・・・。
 
 
■CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:「ことのは」問題を考える
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/05/post.html
■CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:ネット世論の「拠って立つ場所」とは
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/06/post_1.html
 もちろん、ジャーナリストには責任がある――たしかにそうだ。
自分自身もジャーナリストを名乗って20年近く活動してきた私も、
そう思う。だったら、ジャーナリストを名乗らないブロガーには
責任はないのだろうか? もし責任があるとすれば、
その責任の度合いは、ジャーナリストと異なるのだろうか?

 責任を問うた者は、いずれみずからの責任も問われる。
結局のところ、だれもアウトサイドに出ることはできない。
アウトサイドに出ることができるのは、発言しない人たちだけなのだ。

佐々木さんはコメント欄に殺到する人々に対しても、平等の責任を求めている
ように読めます。少なくとも他人を批判するなら、自らも批判に晒されるだけの
覚悟を持ちなさい、ということになります。
 
この責任平等の論理は、確かに正論に聞こえます。正論ではありますが、
実際にはあまり意味を成す論理ではありません。
では、ジャーナリストを名乗るものには責任が必要で、ブロガーやコメント
書き込み者には責任が不要か?といった「立場(肩書き)による責任の差異」
があるのか、というと、そういうわけでもありません。
 
それは「責任」は常に他者から「求められる」ものであり、
自ら「アピールする」ものではないからです。
 
責任はジャーナリズムだから発生するものでも、
全員に等しく平等に発生するものでもなく、
 
 「認知度」に応じて発生します。
 
本人が望んでいたかどうかに関わらず、有名になった人は影響力が大きくなります。
そして影響力が大きくなると、その言説に影響される人の数が多くなります。
ということは、
 
 「この人にヘタなことを言われると、自分に不利益がある」
 
と思わせる要因が発生することになるのです。
そしてそうした影響力によって自分と相対する言説が広められようとしたとき、
人々はその影響力の主に対して「責任」を求めることになります。
 
面白いのは、「責任」は「結果としての影響力」に対して発生するものであって、
自らの意思によって貫くものではないという点です。
いくら「私は常に責任ある言説をすることを心がけています!」といっても、
影響力のない段階でのその「責任」は、悲しいかな、
 
 誰からも求められていない
 
という意味で無意味です。また、実際に求められていない「責任」は、実は
 
 果たされているかどうかを検証することができない
 
という意味でまた無意味です。
責任とは相手から求められて初めて発生するものであり、責任が果たされて
いるという確証も、相手から認められて初めて成立するものなのです。
 
ということは、逆に、自分自身でどんなに「しがないイチ市民」を自称していても、
何かの拍子に注目を受けてしまった時点で、「責任」は発生してしまいます。
ネットの中で度々発生する、
 
 「小規模ブログが、はてなや2ちゃんねるの特攻を受けて炎上する」
 
といった悲劇(?)はここから生まれます。自分自身は注目されていないつもりでも、
注目に値する存在だと他者から思われてしまった時点で、影響力が自然発生します。
影響力が発生すれば、そこには責任が発生するのです。(本人が望むと望まざるとに関わらず)
 
そしてもう1つ注意しなければならないことは、「責任」の内容です。
 
「責任」とは、「正しい事実を述べているかどうか」ではありません。
そもそも正しい・間違っているなどという判断は、社会通念が変化すれば
解釈が変わるものであり、「正しい事実」などというものは存在しません。
 
責任とは、「大勢の聴衆を納得させられるかどうか」という意味です。
「納得している人」より「納得していない人」のほうがはるかに多いとき、
 
 それは「炎上」します。
 
「炎上」とは、納得のバランスが崩れ、「納得していない人」が大量発生して
しまったことを示しているのです。そして前述のとおり、注目を受ける存在には、
聴衆を納得させる「責任」が発生します。
 
もし、聴衆の納得を置き去りにして、自らの正しさを認めさせようとするのであれば、
それこそが佐々木さん等が嫌っていた「絶対的正義」を求める行為であると言える
でしょう。自らの言説が独善的な「絶対的正義」ではないことを証明するためには、
「納得していない人」よりも「納得している人」のほうが多いことを確認する必要があります。
 
 「納得している人」よりも「納得していない人」のほうが
 圧倒的に多いけど、ボクは間違ったことは言っていない。
 
という議論は、「絶対的正義」を無しにして説明が付かないのです。
 
聴衆が納得しているかどうか、言葉を1つ1つ発するごとに確認するという
作業について、メディア企業の中で言説を研いてきたジャーナリストの方々は
もしかすると少しだけ忘れていたのかもしれません。
もちろん、全員が納得する言葉というものもまた存在しませんが、少なくとも
 
 「納得できる」<<「納得できない」という不等号が発生したとき、
 
それは自らの言葉に起因するものであることを心に留めなければなりません。
間違っても、「納得できないのは、聴衆のほうが悪い」と思わせるような結論に
至ってはなりません。言葉は常に、他者に納得されてこそ、なのです。
 
 
ここではメディアとブログの間に起こったいくつかの事象を例にとって、
2つのことについてお話しました。
 ・責任は他者から求められた人にのみ発生し、自称の責任は意味を成さないこと。
 ・責任は、聴衆の納得を以って果たされ、納得バランスの崩壊=炎上であること。
 
ブログとメディアを巡る激動はまだまだ黎明期です。これからも色々な
衝撃と困惑に出会いながら、この分野は成熟していくことになるでしょう。


この記事を書いたのは・・・。
CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
ブログ「デジモノに埋もれる日々」「アニメレーダー」「コミックダッシュ!」管理人。デジモノ、アニメ、ゲーム等の雑多な情報をツイートします。




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▼ はてなブックマークのコメント ▼

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siowulf 2006/06/12
責任とは相手から求められて初めて発生するものであり、責任が果たされているという確証も、相手から認められて初めて成立するものなのです。
nekotank 2006/06/12
この間のVIPブログはこの件が拮抗した割れ方をしていたような気がする
tomozo3 2006/06/12
なんだかなあ
J2kawa 2006/06/12
そもそも責任を自覚するものは炎上騒ぎに加担しないし、加担するものは責任を自覚しない。「責任」と「納得」という言葉に集約するという試みはGood。
hatayasan 2006/06/12
「責任とは、「大勢の聴衆を納得させられるかどうか」という意味です。「納得している人」より「納得していない人」のほうがはるかに多いとき、それは「炎上」します。」
kkobayashi 2006/06/12
blogってこえー。オタクとモームスと2chはネタにしないのが無難かも?
fenethtool 2006/06/12
この場合"responsibility"と解釈するより"accountability"の方がスッキリするね。
sakenomi 2006/06/12
花岡炎上事件に対する一番まともな考察なのではないか?
faw 2006/06/12
コミュニティ論
shidho 2006/06/12
ということは、相手が気に入るまで炎上は終わらないと言うこと。現象の分析としてはその通り。それを肯定出来るかどうか。
lovely 2006/06/12
あとで読む
ore_de_work 2006/06/12
モーニング娘は、古くなったのを卒業させて、新しいのを補充して抜く効率を上げるビジネスモデル。辻と加護いつのまにか消えて卒業ました
mfluder 2006/06/12
花岡炎上考察
ayaya625 2006/06/13
まさにその通りだと思う。自分もいつこういった状況に陥るやも知れないので、発言にはなるべく多くの人が納得できるように、言葉を選びながら発信していきたい。
inflorescencia 2006/06/13
「責任とは、「大勢の聴衆を納得させられるかどうか」という意味です。「納得している人」より「納得していない人」のほうがはるかに多いとき、それは「炎上」します。」
twisted0517 2006/06/13
また小倉先生がスットコドッコイなコメント残してる
mind 2006/06/13
面白いのは、「責任」は「結果としての影響力」に対して発生し、自らの意思で貫けるものではない点。 ――炎上によって、私人が(名誉毀損罪とかの)「公人」化することを『小娘ブログのパラドックス』 と名付けてみるw
utushi 2007/10/16
matsuoka_miki 2007/11/11
うーん、これ衆愚のような気も。あるいは空気読め的というか…⇒『間違っても、「納得できないのは、聴衆のほうが悪い」と思わせるような結論に至ってはなりません。言葉は常に、他者に納得されてこそ、なのです』
webmarksjp 2008/07/13
炎上
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No.2976   投稿者 : なすび   2006年6月12日 10:20

ジャーナリストはブログなどの双方向メディアにより、これまであまり意識してなかった
読者の存在を確認できるいい機会だと思いますよ。
例えば、今回のモーニング娘。の問題だって、雑誌等にコラムで書いていれば、何でも
ない一件として処理されている可能性もあります。


No.2977   投稿者 : 雀   2006年6月12日 23:07

自分自身で「責任」の発生と内容をコントロールできないからこそ、「責任」が求められていない段階から「心がける」べきでは無いでしょうか。

自称の責任を意味の無いものと断ずるならば、その「心がけ」の大事さに価値と評価を与えなければならないのではと思います。


No.2978   投稿者 : 小倉秀夫   2006年6月13日 01:43

 「炎上」をさせるのは少数でも(極端な話、一人でも)できますから、「「納得している人」より「納得していない人」のほうがはるかに多い」かどうかはあまり関係がありません。「納得していない人」により多くの余暇時間があるということこそが重要です。


No.2979   投稿者 : ライムライト   2006年6月13日 02:04

要約すると、
多数派が納得のいかない見解を出したブログは、炎上しても当然だ。
多数派であれば、納得のいかないブログに突撃して大暴れするのも当然だ。
なぜなら、多数派に迎合しない人が悪いんだ、という事なんですね。
多数派の納得しない主張をする人は、数に任せて袋叩きにされて当然だと。


No.2980   投稿者 : メタルスライム   2006年6月13日 04:19

>要約すると、
>多数派が納得のいかない見解を出したブログは、炎上しても当然だ。
>多数派であれば、納得のいかないブログに突撃して大暴れするのも当然だ。
>なぜなら、多数派に迎合しない人が悪いんだ、という事なんですね。
>多数派の納得しない主張をする人は、数に任せて袋叩きにされて当然だと。

4行目、僕が読んだ限りではそんな事はどこにも書いてないように思いますよ。
他の行は、まぁそんな感じの事は言ってると思います。

ただ・・・例えば、

1 ゆっくりな人
2 おだやかな人
3 のろい人

この3つの表現は全部(だいたい)同じ行動の人をさしてます。
その違いは1は客観的、2は善意的、3は悪意的な表現です。
つまり2と3はその人を見た人の個人的な感情が含まれているんですね。

「要約すると」と書くなら1の表現を使うように気をつけましょう。
2や3の表現を使うのであれば、それは要約ではなくてその人の解釈ですから。


No.2981   投稿者 : ぼく   2006年6月13日 10:38

よく”炎上”したブログのコメント欄で、
「管理人はコメントに対してきちんと返答する責任がある」などとして自分らのコメントスクラムに対して返答を要求するコメントを見かけますが、
そもそも責任なんてのは、自分がまず果たしてから他人に要求するものですよね。

自分は身元を(メアドすら)明かさずに匿名で書き込み、いつでもコメントを書き捨てられる無責任な立場にいながら、
一方では管理人には「きちんと返答する責任」を求めている・・・そんな身勝手で無責任な自己中ほど声が大きい(=暇)ものだなぁ、と”炎上”したブログのコメント欄を見ているといつも思います。

炎上している状況でコメント欄に上記のような事を書き込んでも、管理人の自演などと決めつけられるのが落ちですから、書きませんけどね。
(炎上って一種の集団ヒステリーですよね)


No.2982   投稿者 : がう   2006年6月13日 16:33

 「責任は社会に於ける自由に伴って発生する負担である。」(wikipedia)という点を見ても、全てのブログが責任から逃れることは出来ないと思います。なぜなら全てのブログは「表現する自由」を持っているからです。つまり責任は「求められているいないに関わらず表現行為を行った時点で発生する」のでしょう。また、

 「現代社会において保障された自由を行使する為には、その行為に応じた責任を負わなければならないが、それと同時に、その行為に応じた責任以外を負う必要はない。」(同)

 この点で炎上問題はその「責任」の範囲がどうであるかの問題なのですが、

>「炎上」とは、納得のバランスが崩れ、「納得していない人」が大量発生して
しまったことを示しているのです。

 これは現象面ではそういうところもあるかもしれませんが、ここに「納得の多寡」という主観を数値に置き換えた判断基準を主に用いると、リンチ肯定につながる考えではないのか? という感じがしますね。マスコミによる報道被害とかとおなじような。


No.2983   投稿者 : ぼくと   2006年6月13日 20:01

> 「責任は社会に於ける自由に伴って発生する負担である。」(wikipedia)という点を見ても、全てのブログが責任から逃れることは出来ないと思います。

それはあくまで原則論であって、ブログにおいて管理人が、コメントに対して返答しなければならない責任の有る無しとは関係のないことでしょう。

もしブログを作る自由による返答の責任が発生するのなら、
同じくブログに自由にコメントをつけることによる返答への返答も発生するはずです。

ところがブログ主に対して責任を求めるコメンターは、一方で自分はまったく責任を負わず、(あげくのはてに捨てハンすら名乗らず、「通りすがり」だの「匿名」だのと名前を名乗ることすら放棄し、完全なる匿名に身を隠す・・)そしてただ相手にだけ責任を求める。
そういったブログを”炎上”させるコメンターの態度はやはり、自己中で卑怯なものだといわざるをえないでしょう。


No.2986   投稿者 : ぼくと   2006年6月13日 20:12

すんません、二重書きコになってしまいました。゜ω゜


No.2987   投稿者 : がう   2006年6月14日 08:16

ぼくとさん:
>それはあくまで原則論であって、ブログにおいて管理人が、コメントに対して返答しなければならない責任の有る無しとは関係のないことでしょう。

 それはその通りです。「全てのコメントに返答しなければならないという義務はない」と思います。

>そういったブログを”炎上”させるコメンターの態度はやはり、自己中で卑怯なものだといわざるをえないでしょう。

 これもおっしゃるとおりで、私の考えでは、無視すれば良いだけのこと。

 そもそも「納得できない」ということから批判すると言う行為の背景にありがちな「なぜ納得できないか」を深く考えないで「単純な社会通念や通俗的倫理観に沿って」コメントを重ねるような怠惰な態度は、可能なら無視して良いと思いますよ。

 裏を返せば、真摯な反論にはきちんと反論するべきだろうとは思います。(しかし、炎上するとそれすら物理的に不可能になることもあるからやっかいです。)

 「そもそも責任とは何か」を考えずに「納得できるか出来ないかの多さ」で「責任」という言葉が出てきてしまう論調に私としては違和感があるわけです。


No.2988   投稿者 : がう   2006年6月14日 08:27

 すみません、念のための書き加えです。

 「真摯な反論」は匿名であろうと無かろうとかまわないと思います。


No.2989   投稿者 : ハスカップ   2006年6月14日 20:53

 難しいですね。雑誌系のメディアは有料なので趣味嗜好の傾向を持つ読者層に限られますが、ブログで無料で誰でも見られるので、いろいろな立場や階層や年齢や趣味嗜好の読者がごった煮状態で集まりますから。傾向を持つ読者層だけを相手にするわけにはいかないし。
 著作権関連事件で有名な某弁護士の有名なブログは平穏に過ぎていったのに、あるとき法律問題では些細なことに過ぎないことから炎上が起こってコメント欄を閉じてしまわれました。幸い、その状態で今もそのブログが続いているのが救いですが。


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