情報をめぐるポジティブ・ループ - 関係と信頼という名の財産
2005/06/26日曜コラムです。こんばんは。
前回
情報をめぐるポジティブ・ループ - ギブアンドテイクの波に引き続き、「情報をめぐるポジティブ・ループ」のお話です。
前回は情報の give & take には時差があること、そして情報を多人数で
デバッグするという行為は、中心となる発信者自身の成長を加味することで、
初めてポジティブ・ループが発生しうるということについてお話しました。
(1)give → (2)take → (3)give → (4)take → (5)give → ・・・
最初の (1)give は小さく、しかし最後の (5)give は大きい、それは、
それだけ対話による 知識の洗練・増幅 が起こったということです。
しかし知識量だけで言えば、最後の (5)give が出た時点でそれをゲットすれば、
このgiveの主(情報発信者)と同じだけの知識量を得られることになります。
だったら永遠に流れ続けている情報に対して 「常時待機」 の構えを取り続け、
常に最新の情報が give されるのを待っていれば
いいじゃない? という思考になる人がいるのも無理はありません。
ちょっと言葉は悪いですが、もしかしたらこんな思考が働いているのかもしれません。
「あんな良い情報を タダで出してしまう なんて、何て馬鹿なヤツだ。
お陰でこっちは大した苦労もせずに、その情報をタダで頂けるってワケだ。
こっちの オリジナル情報 は、あんな風にタダで出したりはしない。
ヤツがタダで情報を駄々漏れさせている限り、ヤツに負けることはない。」
どうでしょう。何か違和感を感じられましたか? それとも、人柄が悪そうなのは
置いておくとして、言い分としては真っ当 なのでは、と思われましたか?
ここで根底にある意識というのは、
自己の中に貯め込んだ「情報の質と量」が「財産」である。
という考え方です。あるいは、
「情報」という財産は、他人に知られた瞬間に全てを奪われる。
と言い換えることもできます。他人の持っている情報は全て知り、
自分だけが知っている情報は隠しておく、そして、自身が持っている知識の
質と量こそが、他人との差別要因になる、そんな考え方です。情報もお金と
同じように、「相手より沢山持っていること」が重要だというワケです。
さぁ、ここからが本題です。
上記のような「情報貯蓄」の考えが心の内にある限り、いつまで経っても、
情報をめぐるポジティブ・ループの中心に位置することはできません。なぜなら
「情報」はそれ自体が財産ではなく、情報のやり取りの経過に於いて築かれた
「人間関係」こそが最大の財産であり、それが未来の情報量を左右するからです。
出所は失念しましたが、少し前にウェブ上でこんな問いかけを見ました。
「老舗の個人ニュースサイトは、なぜ強大で在り続けるのか?」
まるで「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」みたいな問いですが、
これはウェブの構造を知る上でとても重要な問いになっています。
以前のコラム、
■マスが全てだった時代から、ニッチが普通になる時代へ 前編
マスが全てだった時代から、ニッチが普通になる時代へ(前編)/後編
マスが全てだった時代から、ニッチが普通になる時代へ(後編)
でご紹介したスケールフリー・ネットワークが示すとおり、ひと言でいえば、
関係(リンク)は時間で蓄積し、新規リンクの張られる確率は、既に蓄積された
リンクの量に比例します。その原則はここにも当てはまっています。
すなわち、老舗の個人ニュースサイトにとっては、長い間発信を続けてきたという
発信の「歴史」そのものが、人々の信頼の拠り所
であります。それが「次も良い情報を与えてくれそうだ」という期待感を醸成する
のです。この期待感を維持するために発信者が払う日々のコストは、それほど大きく
なくても構いません。ただ少しずつ確実に、期待感に応え続ける必要があります。
期待感は時間と共にしか醸成されません。たとえば、新鋭の個人ニュースサイトが、
老舗の大手個人ニュースサイトよりも新鮮で面白いネタをバシバシ投入したとしましょう。
それがたとえ1週間続いたとしても、読者の期待感は急激に新鋭サイトのほうに傾いたりは
しません。老舗サイトは今までどおり信頼され、新鋭サイトは「1週間ぶんの信頼」のみを
得ることになるでしょう。そして読者は考えます。「この新鋭サイトはこれからもずっと
このクオリティを続けられるかな。それだったら、ファンになっちゃうんだけどな。」
ここで発生している意識のズレに注目してください。問題となっているのは、
個々の「情報の価値」ではありません。価値のある情報を継続的に発信する
という、発信者への 「信頼」と「期待感」 です。最も重要なポイントは、
「この人は give してくれるんだ」という「認知」
の深まりにあります。それが人を惹きつけ、ひいては take の大波を作り出す原動力
になります。そして、「give する人」としての認知は、「give をし続けた」という
事実を以って、時間によって蓄積されるものなのです。give と take を繰り返すうちに
作り上げた人間関係そのものが、その人のその後を左右する財産になるのです。
ところが、情報そのものに価値を見出そうとする人は、情報を沢山得ること、そして、
他人の知らない情報を得ることこそが、情報社会を生き抜く武器だと信じています。
毎日新しい情報を1ずつ「発信」していけば、時と共にどんどん「関係」と「信頼」が
蓄積されていきます。しかし、情報を「収集」するだけでは、たとえ毎日新しい情報を
10ずつ収集しても、自分の下に「関係」と「信頼」が蓄積されていくことはありません。
蓄積されていくのは、まさに「情報」だけ です。
さぁ、はじめに戻って考えてみましょう。
「情報をめぐるポジティブ・ループ」の中心に位置する人は、「takeなきgive」を
ひたすら繰り返すことでその地位を固めていくというお話をしました。しかし私たちは、
このポジティブ・ループの中心になる発信者の、一体何が羨ましいのでしょう?
良く考えてみてください。
「情報そのものを沢山持っているから」ではないハズです。
多くの人と「関係」を持ち、多くの人から「信頼」され、それが将来沢山の情報を
得るためのパスとして機能するからこそ、そのポジションが羨ましいのです。
だとすると、情報を収集するという、他者に寄与しない行為の連続のみによって、
その「関係」と「信頼」が作り出されるハズがありません。
情報の価値とは、情報そのものではなく、情報が流れる道筋の構造 にあるのです。
情報そのものは、10を聞けば10を知ることができます。しかし、10の関係と10の信頼は、
日々の継続的な発信努力によってしか作り出すことができません。そしてそれこそが、
「情報をめぐるポジティブ・ループ」が発生するタネあかし、というワケです。
最後に、発信者たることは難しいコトなのかどうか、について。
梅田さんのブログでこんな一節があり、ブンブンと頷いてしまいました。
■My Life Between Silicon Valley and Japan「Blog論2005年バージョン(2)」
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20050426/p1
モノを書くことは恥をかくことである。恥をかきたくなければ何も発表せず、
読むだけ読んで人のことを「バカだなぁ」とうそぶいていればいい。
以前どこかで、「芸術とは、己の恥を見せることだ」 というフレーズを見たことがあり、
それをとてもよく覚えています。モノを書くということは芸術作品を作って発表する
ことと同じように、多くの人にとって、とてもとても恥ずかしいコトなのでしょう。
発信をしなければ少なくとも、無知や間違いを笑われることはありません。
芸術作品に於いても、文章に於いても、送り出した情報は「自分そのもの」
ですから、それを笑われたり、否定されたりすれば、当然心が傷つきます。
だからこそ人々は、あまり率先して情報の発信者には成りたがりません。
ポジティブ・ループの基礎となる「継続的な発信」、それ自体はそれほど難しい
ものではありません。しかしその前には、「恥を受け入れる」 という巨大な壁が
立ちはだかっているのかもしれません。そして「恥」を厭わずに発信を続けた人には、
「情報」よりもずっと重要な、「関係」と「信頼」という財産 が蓄積されていくのです。
2005/06/26 [updated : 2005/06/26 23:59]
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▼ コメント ▼
No.1393 投稿者 : ひでき 2005年6月27日 22:15
こんばんは、
いや、すばらしいです。まさにまさにまさに、「べき乗の法則とネット信頼通貨」ですね。
No.1398 投稿者 : そうですね 2005年6月29日 01:38
言われるとおりですね。ただ、この「恥」という感覚は酷く日本的な感じがします。
有力Bloggerが情報発信できるのはどこか日本人離れしたプレゼンテーションの技能と、プレゼンテーションそのものを愉しいと感じる能力があるからではないか、という感じもしているのですが・・・。
No.1408 投稿者 : CK 2005年7月 2日 23:38
●ひできさん
「信頼通貨」は重要な概念になっていきそうですね。
私は岡田斗司夫さんの「イメージキャピタル」(幻想資本)という言葉を主に使っています。
「勝ち得た信頼の分だけ、コトを成せる」ことが判ってくるようになると、
いろいろなモノの見方が変わってきそうです。
●そうですねさん
恥という感覚は常に有るとは思いますが、特に日本人には強く存在するかもしれませんね。
情報発信が「好きな」人というのは、確かに読み手にもよく伝わってきます(;・▽・)
ブログはそういった方々がパフォーマンスを見せる場としてはうってつけですね。
「takeなきgive」という期間に耐えられる理由は、そういうところにもあるのかもしれません。
No.1417 投稿者 : HgCdTe 2005年7月 6日 00:09
興味深く拝見しました。
気軽に話ができる。用も無いのに立ち話ができる。いきなり
本題を切り出せる。あいつのためなら、損得勘定抜きにやって
やろうと感じる。というのは、その時点での相手との信頼通貨
の積み立てが多いという事なんでしょうね。
でも、みんな初対面の時(積み立てプラスマイナスゼロ)があった
と思います。そこからどのような増減で現在に至ったを思い出せ
ない場合が多く(というか、気にしていなかったと言ったほうが
適切か)、通常の通貨の様に簡単にやり取りできるものではなく、
イメージキャピタル(企業でいうところのブランドイメージ)に
より近い感覚です。
No.1428 投稿者 : CK 2005年7月 9日 14:40
●HgCdTeさん
イメージキャピタルというのは、なかなか以って奥深い概念ですよね。
ブランドイメージというと一見「中身よりまず印象ありき」という風に捉えられがちですが、
実際には「長い時間を掛けて人々を幸せにし続けてきた証」なのですよね・・・。
その意味では情報発信も同じような感じます。「千里の道」も一歩め、二歩めを踏みしめて
いるあたりはまだ良いですが、それを延々と続けるというのはなかなか難しいものです(´~`)
真の財産とは人間同士の関係
「情報の質と量」が財産なのではなく、情報のやり取りの経過で築かれた人間関係こそが最大の財産。納得。
与えることによって、生じる波...美しい!
最終的には人への信頼。・・・に至る人はやはり少ないだろな~。
継続は力なり、という諺とオープンであることの関係。興味深かった。
オープンにすることの価値はまだあまり理解されてない気がする
「「この人は give してくれるんだ」という「認知」」
関係(リンク)は時間で蓄積し、新規リンクの張られる確率は、蓄積リンク量に比例 ――指数法則 //閉鎖,匿名逃避は積上げた関係価値を損う >>リアルも堕|||; //情報ソースの匿秘保護も >>Journalist,職業秘密守秘義務
すごいなぁ(´・∀・`)
「情報」はそれ自体が財産ではなく、情報のやり取りの経過に於いて築かれた「人間関係」こそが最大の財産であり、それが未来の情報量を左右するからです。
コメントしましょう