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2012/12/31 06:04 - 2012/12/25

ドリフの思い出と"おとうさん"の言葉 - 「俯瞰的錯誤」のお年頃

カテゴリ : コラム タグ :

    子供の頃の思い出として、なぜか鮮明に覚えているシーンがあります。
     
    ザ・ドリフターズが出演する超人気番組 『8時だョ!全員集合』
    家族で見ていたとき、父親がこんなセリフをつぶやきました。
     
     
     『 ・・・おまえ、こんなの見たいの? ほんと? 』
     
     

     
    年末特別編の不定期コラムです、こんばんは。
     
    私もいつのまにか齢38になってしまいました。冒頭のセリフは私の父親が
    同じく38歳のとき、当時7歳の私に向かって何気なくつぶやいた言葉です。
     
    幼かった私は、"おとうさん" が 自分にいじわるを 言っているのだ
    としか思えませんでした。だって「ドリフ」は今日もこんなに面白くて、
    誰もがこれを見てバカ笑いをするはずだと、そう信じて疑わなかったからです。
     
    CMのとき、隙あらばチャンネルを変えようかという仕草をする父に対して、
    私がチャンネルの防衛に必死になったのは言うまでもありません。
     
    ほほえましい光景ですか? でも私は本当に分からなかったのです。
    どうして "おとうさん" は、こんなに面白いカトちゃんケンちゃんを
    見ながら 不機嫌そうな顔 しかしないのだろう??
     
     
    あれから31年。私があのときの "おとうさん" の歳になりました。
    違うことといえば、私は自分の家庭を持っていないということだけです。
    そういう意味では時代背景は違うとはいえ、父は立派に社会的責任を
    果たしていましたし、それにひきかえ私は相変わらず未熟者です。
    それでも、とりあえず同じ「38年」を生きた人間にはなりました。
     
    そんな今になって、冒頭のあの父のセリフが猛烈にフラッシュバック
    してくるのです。トラウマ? いいえ、逆です。
     
     『 おまえ、こんなの見たいの? ほんと? 』
     
    ドリフのコントを見てつぶやき、不機嫌そうな顔を隠せなかった、
    あのときの父の気持ちが、今になって、
     
     すごく分かるような気がするのです。
     
     
    『8時だョ!全員集合』 で当時7歳の私が大はしゃぎして見ていたのは、
    生卵やパイを顔にぶつけあって ニタニタ笑っている面々の姿でした。
    基本は陽気で楽しいノリながらも、ときどき品のない言葉が混ざるのがまた
    小学生にとっては異常に楽しかったりして、クラスで真似っこしてはまた笑い合いました。
     
    子供の教育に悪いかどうか・・云々、というお話ではありません。
    38歳の父にとってそれは単純に、「幼稚で馬鹿らしいもの」 に映ったのだと思います。
     
    もちろん、だからといって、当時の ドリフの素晴らしさ が色褪せるわけでは
    ありません。ザ・ドリフターズと『8時だョ!全員集合』は他に類を見ないほど
    多くの人々を笑いの渦に包み、人々を幸せにしたお化け番組でした。
    ただ当時の父にとってはそうではなかった、というだけのお話です。
     
     
    あのときの父と同じ38歳になった私は、最近の地上波民放テレビの
    バラエティ番組を目にしたとき、同じような感情を抱きがちになります。
     
     
    「若いタレントが沢山呼ばれて、ネタに大げさな反応をし合ってるだけだよね」
    「誰かをいじめるようなことして喜んで笑ってるのがお笑いってどうなのかね」
    「ニュース番組といいつつ興味本位で無責任な言説振りまいてるだけだよね」
     
    ・・・etc.
     
     
    ネット界隈でも良く聞かれるような言葉だと思います。
    実際、私も日常の中でそういうことを思うことが少なくありません。
     
    31年前、38歳だった父がドリフの番組に抱いた感情と、私がいま抱いている感情は
    同種のもの なのではないか。それはもしかして 30代中盤 くらいになると
    自然に湧き上がってくるような感情なのではないか? 冒頭の父のセリフが
    フラッシュバックするたびに、私はそんなことを考えるようになりました。
     
     
    何となくイメージしているのは・・・そうですね、
     
     「俯瞰(ふかん)的錯誤」 とでも言ったら良いのでしょうか。
     
    30代中盤にもなると、世の中が想像以上に複雑で、また世間は広いことが
    分かってきます。色々なものが自分の思い通りにならないことも分かってきて、
    そんな中で自分には何ができるか、できないのかも、おおよそ見当が付いて来ます。
    一方でまた、そんなことを考えるのが案外楽しくなってきたりする頃でもあります。
     
    それと同時に、
     
    「世の中は思っていた以上に複雑なんだけど、ボクはそれを
     隅から隅まで見渡して、俯瞰して考えられるようになった。」
     
    みたいな 変なビョーキ が芽生えてきます。
     
    会社の経営の話とか、行政と地域の話とか、「こうなるべき!」みたいな
    単純な話をするのではなく、
     
     「逆の視点 から見るとこうなるべきともいえるし、いまの限られた
      リソースの中での 一番の落としどころ はココじゃないかな」
     
    みたいな、妙に複雑だけど自分は全部見渡した上で考えている、という
    不思議な錯覚に襲われます。(そしてそれはたぶん 本当に「錯覚」 なのでしょう)
     
    1つ例を挙げるとすれば、テレビで社会問題を取り上げているときに、
    「うーん、まぁ、そんな単純な問題でもなくて、色々複雑なんだけどね・・」
    みたいな訳知り顔なことをポロッと言ってしまうような感じです(どんな感じだ)。
     
     
    テレビでやっているような 大衆向け娯楽 を「幼稚で馬鹿げている」と
    切り捨てようとする時期というのは、そういう 「俯瞰的錯誤」を発症する時期
    と重なるような印象があります。そしてそれは 「反抗期」 とか 「思春期」
    とかと似たような、年齢と経験の積み重ねから多くの人に同じように降りかかる
    一過性の何かなのかもしれません。
     
    似たような現象を、たとえば 新社会人2~3年目 あたりに起こる、
     
     「経営陣が頭が固いからダメだ」「新しい仕組みが必要だ」
     
    みたいな思考にも見て取ることができます。若いビジネスマンは往々にして、
    自分たちが苦労するのは 年寄りの幹部が単に「時代遅れ」だから であり、
    彼らを退陣させて経営陣をリフレッシュすれば風向きは変わるはずだ、
    ということを信じて疑わないような思考状態になってしまうことがあります。
     
    もちろん、こうした症状を誰もが同じように発症するなどということはありません。
    思考というものは、個人差もあり、何より 「置かれている環境」 によって
    全く違うものになるでしょう。ただ、こうした思考パターンが、
    環境や教育、あるいは世代(生まれた年代の時代背景)などの影響とは別に、
    年齢、すなわち 「積み重ねてきた歳月」 によって湧き上がってくる
    感情の1つなのかもしれない、というのは、私の近年のちょっとした発見でした。
    それは三十数年を生きてきた人間の自信や慢心が入り混じって起きる
    化学反応というか 発酵(腐)のようなものなのかもしれません。
     
     
    最近、わたしは自分の「年齢」と「人生」を意識する機会がちょっとずつ
    増えました。具体的には、
     
     あぁ、何だかんだいって、もう人生は「半分」終わっちゃった んだな
     
    と考えることが多くなりました。38歳を2倍すると76歳。そこまで生きられれば
    御の字ですが、同じように 人生の折り返し地点 を迎えていた頃の父は、
    あのドリフの「伝説のコント」を見ながら何を思っていたのでしょうか。
     
    当時、「なんて意地悪なことを言うんだ」と思っていた "おとうさん" と、
    いまの自分が重なるというのは、少なからずショッキングな出来事でした。
    自分が積み重ねてきた歳月が発酵したことでたどり着いた場所は、同じ歳月を
    積み重ねた人の多くが発症する「俯瞰的錯誤」の境地だったのでしょうか。
    まるで自分自身が、釈迦の手のひらの上の孫悟空 のように思えてきます。
    天からお釈迦様がわたしの心に直接語りかけてきます。
     
    キミもやっとここまで来たんだな。 だが、まだまだこれからだ。 』
     
    ・・・なんだよ、俯瞰していたつもりが、俯瞰されていたのかよ。
    そうか、あの頃の "おとうさん" もやっぱり同じだったんじゃないか。
    そう投げかけた言葉はすべて自分に返ってくるような気がしました。
     
    「最近のテレビのバラエティ番組はバカらしいことしかやってないなぁ」
     
    そんな考えが何気なく頭をよぎってしまうたびに、あの頃の "おとうさん"
    の言葉がフラッシュバックしてくるのです。もしいま自分の隣に、
    「あの頃の7歳の自分」 が居たら、私はその視線に耐えられるのでしょうか。
     
    あの頃の自分も自分であるし、今の自分も自分であることは間違いないはずなのに、
    私達は互いに自分のことを 「わかってない」 と冷たい目線で見詰め合っている
    のだとしたら、それは何とも複雑な気分にさせられる光景です。
     
    同じような年齢になった私と父は、同じような「俯瞰的錯誤」にたどり着きました。
    10年後の自分は一体どんなことを考え、いまの自分をどう見ているのでしょうか。
    そしそのときもまた、お釈迦様はきっと 先回りして笑っている のでしょうね。

    CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
    ブログ「デジモノに埋もれる日々」「アニメレーダー」「コミックダッシュ!」管理人。デジモノ、アニメ、ゲーム等の雑多な情報をツイートします。



    投稿者 CK : 記事URL | コラム | | 2012/12/31 06:04


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