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2008/02/26 23:59 - 2008/02/26

ゲームが「観賞する娯楽」になるまで - 編集、実況、解説、そしてストーリー

カテゴリ : コラム タグ :

シロクマさんのところで挙がっていた記事が目に留まりました。
 
■シロクマの屑籠(汎適所属)「ゲームのリプレイを見るという娯楽は、
ゲームという娯楽そのものとはかなり違っている。」
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20080227/p1
 
ゲームには プレイの楽しみ観戦の楽しみ があるけど
どちらも別モノながら認知されてきたよねというお話。
確かにおっしゃるとおりです
 
そういえば私も以前ちょっとだけお話しようとして、
そのまま寸止めになっていた件がありました。
 
■2007/09/18 [ニコニコと「アイマス」と「初音ミク」 - 企業とユーザと鑑賞者の関係変化]
なお、このゲームに於けるプレイヤーと鑑賞者(観戦者といっても良いかも)の分離によって何が起こるか、というのは、私が随分前からもやもやと考えているテーマの1つです。そのあたりはまた別の機会に触れてみたいと思います。
とはいいつつも、あくまでさわりだけ。。。
 
シロクマさんのおっしゃるとおり、
 
 プレイ動画を沢山見たからプレイしなくてもいいや
 
という図式はちょっと違和感があります。観戦という娯楽というのは
プレイとは別の娯楽であり、それぞれはあくまで別モノの楽しみです。
 
「野球」で実際にバットを振る楽しみ と、プロ野球を観戦する楽しみの違い
といえば誰でもそうかな、と思うところがあります。「楽器」の例もよく
取り上げられます。楽器を演奏することと音楽を聴くことは別々の楽しみです。
 
その例でいえば、プレイというのは楽しむために 技量を要求される ものであり、
なかなか多くの人が確実にゲームを楽しむことができなくなっています。
その一方で、観戦という楽しみはほとんどの人が問題なく楽しめます。
 
 
わたし自身の例でいうと、やはり 「アイマス」 と「アイマスMAD」です。
 
Xbox360を購入したとき、同時にアイマスも購入しました(鉄板かと思って)。
ところが、私はそのアイマスをわずか1日で放置することになります。
キャラゲーに拒否反応が出るようなタマではないことは皆さまもご承知の通り。
では何がダメだったのかといえば、あの「作業ともいえるレッスン」でした。
 
『 出てくる矢印の順番を覚えてリピートしてください
 上、右、右、下! はい、どうぞ! 』
 
みたいな作業を何度も何度も繰り返さないとアイドルたちはデビューさえ
ままならないのですが、それは私にとってかなり気の滅入る作業でした。
結局わたしはアイマスを 史上最速の早さで「積んだ」 のでした。
 
ニコニコ動画で素晴らしい アイマスMADの数々 を堪能するときは、
私はそうした苦悩とは無縁です。ここでは私はあくまで「観賞者」です。
ゲームのプレイから得られる喜びとは別種の楽しみではあるものの、
素晴らしいアイマスPの技の数々をタップリと楽しませて頂きました。
 

 
 
一方、Forza2 をやっているときの私は、れっきとした 「プレイヤー」 です。
 

 
私はForza2というゲームの楽しみを、本気のレースゲーとしての楽しみ方から
痛車という特殊な楽しみ方まで、隅々まで堪能しきっているのですが、
また他方では「これにうまくハマれるのは ごく一部の人だけ だろうな」
という漠然とした感触もまた感じていました。
 
 
そこであるとき私は突然、レース実況ビデオ を作ってみようと
思い立ちました。自分ではプレイとして楽しんだ娯楽を、他人に対しては、
 
 
 「観戦だけで楽しい映像」としてリメイクしよう
 
 
と考えたのです。一番最近の動画はコレです。
 

(メインの題材が痛車ですから痛いのはご容赦ください。)
 
メインのレース実況部分をご覧いただけると判りますが、
TVなどでやっているレースの ダイジェスト番組 のようなフォーマットを
これでもかというほど模しています。ここで最も大事なのは、
 
 誰かに代わりにプレイしてもらって、それを眺めているだけ
 
というのとは全く違うということです。この動画でいえば、
ハイライトだけを切り出しているという編集のほかに、
 
 ・複数人の視点のカメラ を使い分けて、良いカットを引き出している
 ・順位変動のテロップ を表示して、レースの動向を判りやすくしている
 ・ときどき 解説パネルを挟んで、ストーリーをもたせている
 
という手が加えられています。つまり、「観戦」という娯楽には、
生の映像を垂れ流すというだけでは大抵の場合不十分であり、
視聴者が見どころを理解できるように様々な 補助素材を組み込む 必要があるのです。
 
スポーツ観戦の例でいえば、一番わかりやすいのは 実況と解説 でしょう。
適切な実況と解説がなく、カメラ1台で延々と流し撮りした映像を
観せられたとしたら、多くの観戦者が楽しさを見失ってしまうハズです。
 
適切な実況と解説があれば、見どころを完全に見失うことはありません。
他にももし、登場するプレイヤーの過去の戦歴 などの背景知識があれば、
そこに「ストーリーとしての面白さ」も加えて楽しむことができるでしょう。
 
たとえば「ぷよぷよ」という単純なゲームにしてみても、
 
『 これこれこういう形の8連鎖を狙って組み上げていたものの
 なかなか狙ったぷよが出ないため、途中でパターンを変形させて
 5連鎖+2連鎖で小刻みにアタックする戦法に切り替えた 』
 
とか、とか、そういう解説をふまえて見てみたいものです。
素人目でぱっと観戦しただけでは、それがどんな複雑なバトルで
あったのかを理解することはなかなかできません。
 
 
一般的なゲームを「観戦」するときに、一番欠けているのはまさにココです。
 
ニコニコに於ける 「プレイ動画」 というカルチャは、この領域に一歩だけ
踏み出したといえるのかもしれません。例えば韓国ではプロゲーマーがいて、
それを観戦するスタイルが定着していると聞きますが、でもそれは
おそらくごく一部のスーパープレイヤーに限ってのことでしょう。
 
ちょっとした ハイアマチュア のプレイ映像だって、ちゃんと取り上げてみれば
実はすごく面白いのかもしれません。でも実際は多くのリプレイが
誰の目にも触れずに消えていく ことになります。
 
 
最後にちょっと変わったお話をご紹介しましょう。
 
ゲームのリプレイが面白い、というのは何も動画に限ったお話ではありません。
かなり前ですが、切込隊長 さんが公開していた、
 
 「ディプロマシー」というゲームのリプレイストーリー
 
が凄く面白かったのを覚えています。
 
■ディプロマシークラシックス2 1901~ 1903
http://kiri.jblog.org/archives/001320.html
■ディプロマシークラシックス2 1904~ 1906
http://kiri.jblog.org/archives/001391.html
 
新しい卓である。新しいプレイヤー、新たに配置された戦力マーカーがまぶしく、そして新しい元首を迎える国民の声が聞こえるようである。
 
そしてまた私はイタリアの首相である。なんでイタリアなのだろうか。騙されているような気がする。

ディプロマシーというのは簡単にいうと、第一次世界大戦中のヨーロッパを
舞台にした、複数人でやる 国取りボードゲーム のようなものですが、
各国のプレイヤーが「外交」(ディプロマシ)というコミュニケーションを
行って 共謀したり裏切ったり しつつ覇者を目指すというものです。
(⇒ディプロマシー - Wikipedia)
 
上記のリプレイストーリーは、プレイヤーとしてイタリア軍を率いた隊長が、
プレイ後に自らのプレイ内容を1人称ストーリーとして面白おかしく
書き上げているものですが、これを読むと、1回のゲームの中に
こんなにもドラマがあるのかと思わされること請け合いです。
 
 
ゲームを「観賞」するものと考えた場合、そこにはゲームの面白さを
理解するためにどのような 「付加情報」 が必要になるのでしょうか。
そして、それは自動で付けられるものなのか(順位表とか)、あるいは人間の手
によって手間を掛けなければ付けられないものなのか(実況、解説とか)、などなど。
 
そういう視点からも、ゲームには今までにない機能が求められていくのかもしれません。
少なくともオンラインゲームは、すべてが 生きた人間同士の対決 です。
観て楽しめる 「名勝負」 は、それこそそこらじゅうに転がっているハズなのです。

CK@デジモノに埋もれる日々 @ckom
ブログ「デジモノに埋もれる日々」「アニメレーダー」「コミックダッシュ!」管理人。デジモノ、アニメ、ゲーム等の雑多な情報をツイートします。



投稿者 CK : 記事URL | コラム | | 2008/02/26 23:59


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▼ コメント ▼

No.17998   投稿者 : 優駿   2008年2月28日 10:57

その見る側とやる側の乖離に危機感を覚えて、入力デバイスのリセットという
形で歩み寄ろうとしたのが任天堂だと思うけど。

少なくともあのメーカだけは、ゲームを鑑賞する物という位置づけ
する方向には反旗を翻すでしょう。また、そうでないと、家庭の中に
ゲーム機が入っていくというシチュエーションが成立しない。
母親や祖父・祖母に「すごいけど私には出来ない」って思われるのは致命的だしな。

まあ、他のメーカはまだまだ別の方向向いているようだけど。なので、
見る側とやる側の乖離の流れも止まらない。けど、今後更にゲーム
売れなくなるだろうなあ。


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